オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

20. 日本人のインスリン分泌
~2型糖尿病における動態について~

田中 逸 先生(聖マリアンナ医科大学代謝・内分泌内科教授)

田中 逸 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 20(2009年4月1日号)

インスリン抵抗性とインスリン初期分泌の低下

 古典的な解釈において糖尿病は「イン スリン分泌が低下する疾患」とされてい ました。この解釈の下では、インスリン 分泌低下が顕著な1型糖尿病が「インスリ ン依存型」であり、2型糖尿病はその程度 が相対的に軽微なため「インスリン非依 存型」であったわけです。そして2型糖尿 病がインスリン非依存型糖尿病と称され ていた頃、使用可能な経口薬といえば実 質的にはSU薬のみで、インスリン分泌を 刺激することで血糖値を下げる治療が主 体でした。

 その後、徐々にインスリン抵抗性とい う概念が確立され、2型糖尿病は単にイ ンスリン分泌低下のみではなく、インス リン抵抗性も関与して発症する疾患であ ると明確に位置付けられるようになりま した。そしてインスリン抵抗性を改善す る手段としてチアゾリジン薬の発売、ビ グアナイド薬の再評価があり、病因に則 した治療が可能になったのです。

 またインスリン分泌は基礎分泌よりも 追加分泌のほうが低下しやすく、2型糖 尿病では早期からその初期分泌が低下し ています。その結果としての食後過血糖 が最初に認められる異常であることが明 らかになり、これに対してはα-グルコシ ダーゼ阻害薬やグリニド薬などが用いら れるようになりました。

日本には"由緒正しい糖尿病"が多かった

 この間、2型糖尿病の病態には無視で きない人種差があることが次第にクロー ズアップされてきました。すなわち、日 本人のインスリン分泌力は欧米人に比し て弱く、大量のインスリン分泌がある欧 米人のようにインスリン抵抗性を代償し 糖代謝正常の状態に止まる期間が短いこ と、つまり2型糖尿病発症に及ぼすイン スリン抵抗性の寄与が日本人では少ない という点です。その傍証的に、日本人糖 尿病患者さんの多くがBMI25未満であ り、肥満でないことがよく語られます。 このようなインスリン分泌低下がメイ ンの2型糖尿病は、かつて「インスリン非 依存型」と呼ばれていた頃に想定されて いた疾患概念に近い"由緒正しき糖尿病" ということができます。肥満に至らずに 発症する日本人の糖尿病の多くは、遺伝 的な背景因子によって規定される家族歴 のある"由緒正しき糖尿病"と言えます。

"由緒正しくない糖尿病"とその予備群が増えている

 しかし近年、メタボリックシンドロー ムの急増により、このような捉え方がと くに若い世代においてあてはまらなくな りつつあります。

 ブドウ糖負荷試験で初めて境界型と判 定された約400例を年齢階級別にまとめ た筆者らの報告によると、40歳以上では BMIが概ね25以下でインスリン分泌指数 が低下し、インスリン抵抗指数である HOMA-Rも低いのに対して、40歳未満の 平均はBMI29.3で肥満があり、インスリン 分泌指数が1.2、HOMA-Rが4.4とともに 高く、いわゆるインスリン抵抗性に基づく 耐糖能異常であることが示されました。 このことから、生まれた時点からすでに 欧米化された生活環境下で成長し過ごし てきた世代では、"由緒正しくない糖尿病" が主体になりつつあることがわかります。

だからこそ、糖尿病の治療はオーダーメード

 厚労省の「国民健康・栄養調査」によると、この10年で糖尿病が強く疑われる人 は1.29倍、糖尿病の可能性を否定できな い人は1.94倍に増えています。予備群の 増加が著しいことから、追加分泌が遅延 または軽度に低下した食後過血糖を呈す る、いわゆる"軽症糖尿病"が増えている と考えられます。

 現在すでに、こうした患者さんへの介 入方法として α -グルコシダーゼ阻害薬、 グリニド薬、超速効型インスリンがあり、 年内にはDPP-Ⅳ阻害薬も使えるようにな る予定です。これらの薬剤の特性を生か し、顕性糖尿病への進行抑制、動脈硬化 性疾患抑止をめざすには、個々の患者さ んの病態にあった薬剤選択が欠かせませ ん。「インクレチン関連薬は日本人向き」 と期待する考え方もありますが、盲目的 にそう判断することはもちろん避けるべ きですし、ことに若い患者さんの場合、 日本人だからインスリン分泌が低下して いるとは限らず、より慎重に検討する必 要があるでしょう。

 糖代謝異常の原因と程度はすべての患 者さんで異なります。同じ患者さんでも 年齢や罹病期間、治療状態によって変化 します。だからこそ糖尿病の治療はオー ダーメードでなければいけないわけで す。付言すれば、それはなにも薬剤選択 に限らず、肥満がある場合とない場合で の食事療法の違いなど、治療法全般にわ たって言えることです。もともと原因が 多様に入り組んだ疾患である糖尿病です が、患者数が急増している現在、治療が オーダーメードであることがますます重 要になりつつあると言えるでしょう。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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