集中治療領域における急性腎障害マーカーL-FABPの有用性と課題
第46回 日本集中治療医学会 学術集会 教育セミナー(ランチョン)8より
集中治療領域では急性腎障害(acute kidney injury : AKI)が高頻度に発症し、AKIが予後不良の大きな一因となっている。AKIの早期診断が強く求められる中、尿細管機能障害をより早期かつ高い特異性で予測し得るマーカーとして尿中L-FABPの有用性が注目されている。本講演では、豊富な臨床経験に基づく多数のデータ・症例をご紹介いただきながら、集中治療領域における急性腎障害マーカーL-FABPの有用性について、新松戸中央総合病院腎臓内科・血液浄化センターの佐藤英一先生に解説していただいた。
演者:佐藤 英一 先生
(新松戸中央総合病院 腎臓内科 部長, 血液浄化センター長)
座長:松田 兼一 先生
山梨大学医学部 救急集中治療医学講座 教授)
ICU症例におけるAKI早期発見の重要性
尿中L-FABPは2011年に保険収載され、算定上の主な対象は①eGFR≧60mL/min/1.73m2の断続的に治療を受けている糖尿病患者、糸球体腎炎などの慢性腎臓病が疑われる患者、②急性腎障害が確立されていない、薬剤性腎障害、敗血症または多臓器不全等の患者、である。前者は糖尿病性腎症の病期進行リスクの判別、治療効果の判定、後者は治療転帰を含めた重症化リスクを判別することで、血液浄化療法などの適応判断に利用の可能性があるとされている。本講演では、後者に該当する集中治療領域を中心に、尿中L-FABPの有用性を考察してみたい。
ICU症例では急性腎不全が高頻度に認められ、予後不良の一因とされる1)。本研究では、集中治療を要する29,269例のうち1,738例(5.7%)がAKIを発症し、AKI発症例の院内死亡率は60.3%に達することが示されている。また、AKI発症例の3割はICU入室以前から腎機能障害が存在していた。ICU症例におけるAKIは多臓器障害の端緒となることが少なくないため、早期発見がきわめて重要であることは明白と言える。
L-FABPは尿細管機能障害をより早期かつ高い特異性で予測し得る
腎機能に関連するさまざまなバイオマーカーが知られているが、近年、BUNやクレアチニンよりも鋭敏にAKIの病態を反映するものとして、尿中L-FABPに注目が集まっている。L-FABPは、ヒト近位尿細管の細胞質に局在する14kDの蛋白質で、組織障害が進行する以前に、尿細管への虚血・酸化ストレスによって尿中に排泄される。これまでの腎疾患の診断は、糸球体や尿細管の組織障害の結果として尿中に漏出した物質を主に定量していることを踏まえると、尿中L-FABPはより早い段階で尿細管機能障害を予測し得ると考えられる。また、尿細管機能障害に対する特異性が高いというメリットも期待できる。例えば尿中NGALと比べると、尿中L-FABPが虚血指標である乳酸に相関するのに対し、尿中NGALは炎症指標であるCRPに相関する2)。このような背景から、腎盂腎炎などで白血球尿となっている場合、NGALは白血球尿の影響を強く受け、尿細管機能障害がなくても偽陽性となる可能性があるのに対し、尿中L-FABPは白血球尿の影響を受けにくく、尿細管障害特性が高い3)。
現在、尿中L-FABPはガイドラインにも明記されており、KDIGO(Kidney Disease Improving Global Outcomes)AKI guideline 2012においてAKIの早期診断に必要な新しいバイオマーカーの1つに挙げられているほか、日本の「AKI(急性腎障害)診療ガイドライン2016」ではNGALとならんでAKIの早期診断に有用な尿中バイオマーカーとして推奨されている。
また、迅速キット(L-FABPテストPOC)が発売されており、ベッドサイドで迅速におよその尿細管機能障害の程度を予測することができる。
実臨床における尿中L-FABPの測定意義
実臨床における尿中L-FABPの測定意義について、当院の研究を交えて紹介する。
その1:AKIの早期発見
心臓外科手術症例において、AKIは術後48時間時点での血清クレアチニン上昇や無尿になって初めて発見されることが少なくないが、尿中L-FABPは血清クレアチニンに先行し、術直後1~3時間時点で上昇が認められる4)。また、術後AKI発症群では術前の段階で尿中L-FABPが有意に高値であることが示されている。
造影剤腎症の発症予測にL-FABPが有用なマーカーであることも経験した。心臓カテーテルを受けた患者を対象に、冠動脈造影前後の尿中L-FABP値を比較したところ、造影剤投与前から尿中L-FABPが高い患者では造影剤腎症を発症しやすく、造影剤腎症を発症した患者では24時間後の尿中L-FABP値が有意に上昇した(図1)5)。
また、尿中L-FABPと血清中NT-proBNPを組合わせることで、さらに高い精度でAKI発症を予測できる可能性も示唆されている6)。さまざまな疾患背景を有する心血管疾患集中治療室の入室患者において、尿中L-FABP値と血清中NT-proBNPとの間に相関関係が認められている。尿中L-FABP値と血清中NT-proBNPは、いずれも三分位値が高値となるに伴いその危険度が高まり、さらに両者の三分位値の組み合わせはAKI発症率の増加と強く関連していた(図2)。
その2:重症化リスク・予後の予測
ICU入室重症成人患者335例を対象とし、入室時にL-FABPをはじめとするバイオマーカーを測定し、14日間の死亡率を検討したところ、尿中L-FABPは従来指標である尿中NAG、尿中アルブミン、血清クレアチニンに比べ有意に診断精度が高く、治療転帰を含めた重症化リスクを高精度に判別できることが示された(図3)7)。
また、敗血症ショックを起こしたAKI成人患者145例(生存群77例、非生存群68例)を対象に、敗血症と腎機能の双方に関係の強い5項目(尿中L-FABP、エンドトキシン、血清クレアチニン、CRP、白血球)を抽出し、生存群と非生存群に分けて比較した。その結果、日常臨床で観察するエンドトキシン、CRP、白血球などの値に関しては、生存群と非生存群で意外に大きな違いがみられず、尿中L-FABP値において最も有意な差が示された8)。なお、ROC解析では、尿中L-FABPがAPACHEⅡ、SOFAよりも死亡予測能が高かった。敗血症性ショック時、病理組織学的には急性尿細管壊死という形であらわれるため、この病態を早期に発見することがAKI治療のポイントと言える。
熱中症患者においてもL-FABPは予後予測の有用なマーカーとなり得る。2011年6月から2016年6月までに当院に緊急搬送され熱中症と診断された1,188例(入院188例、非入院1,000例)を解析した。入院患者のL-FABPは322.8±248.6μg/gCr、非入院患者では42.2±24.4μg/gCrであり、入院患者で有意に高値であったほか、死亡例ではL-FABPの鋭敏な上昇が確認された。
その3:治療効果の評価
尿中L-FABPが治療効果の評価に活用できる可能性は、当院の中村らによる糖尿病性腎症におけるスタチンの効果を検討した研究9)に端を発する。すなわち、スタチン投与後に蛋白尿の改善が認められたのと同じように尿中L-FABPが低下することを明らかにしたのである。これにより、L-FABPが治療経過の評価において良いマーカーになり得ることを発表した。同研究を契機に、クレアチニン、BUN、尿蛋白に比べ、L-FABPは治療効果をより速やかに反映するマーカーであることが分かってきた。
実際、全身浮腫を呈した糖尿病性腎症によるネフローゼ症候群を発症した48歳男性では、LDL吸着療法*により尿中L-FABPが蛋白尿と同様の推移を示し(図4)、治療効果を反映していた。糖尿病性腎症では糸球体だけでなく尿細管、間質にも影響が及ぶため、尿中L-FABPは特に尿細管障害の継時的な変化をみる有用なマーカーになると考えられた。
*記述の疾患には保険適用はございません。
なお、先述の熱中症患者の検討において、入院後は血清クレアチニンに先行して尿中L-FABPの改善が認められ、尿中L-FABPがAKIの治療効果の評価に有用であることが示唆された。
ICU領域における血液浄化療法の評価としても有用な可能性がある
最後に、当院ICUにおける血液浄化療法施行時の尿中L-FABPの活用例を提示する。
血液浄化療法による治療経過の評価に活用した症例
急性間質性肺炎の79歳男性。ポリミキシンB固定化カラムによる直接血液灌流法(PMX-DHP)療法*の治療経過を尿中L-FABPの推移で観察した。PMX-DHP療法の経過中eGFRは100mL/min/1.73m2以上を維持しており、明らかな腎不全の進行がみられない状況であったが、炎症や呼吸不全により尿中L-FABPが変動する可能性が示唆された。注目すべきは、尿中L-FABPと乳酸値がほぼ同様の挙動を示した点である(図5)。間質性肺炎による呼吸不全の変化が各臓器虚血に影響した結果、腎虚血マーカーとしての尿中L-FABPも変動した可能性が示唆された。
右側結腸切除術後、急性汎発性腹膜炎を発症した84歳男性。このような症例では、AKI、多臓器不全を起こすことを踏まえ、尿中L-FABPを測定して早期にAKIを発見することが重要である。PMX-DHP療法を施行したところ、施行前後における尿中L-FABPと乳酸値が同じ挙動を示し、これに合わせて全身状態も改善し、治療経過の評価における尿中L-FABP測定の有用性が示唆された。
血液浄化療法の開始・中止時期の評価に活用した症例
内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)後に急性膵炎を発症した63歳女性。膵炎による敗血症性ショックがある中で、腎不全の進行がなく尿中L-FABPの上昇がありAKIの懸念があったためPMX-DHP療法を実施した。その結果、尿中L-FABPが低下し、AKIは生じなかった。尿中L-FABPを指標にして急性血液浄化の必要性を検討することの意義を実感した。
弓部大動脈とopen stent吻合部にみられた感染性仮性動脈瘤で敗血症性ショックを呈した68歳男性。本症例では、L-FABP POCキットによる尿中L-FABP値を指標にすることで、持続的血液濾過透析(CHDF)の施行および離脱のタイミングの判断が可能となった。尿中L-FABPは、透析施行および離脱の是非を判断する際のマーカーの1つになりうると考えられる。
左肺癌に対する上葉切除術後にみられた急性肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の73歳男性。クレアチニン値にかかわらず、尿中L-FABPが1,000ng/mLと高値を呈した段階で早急に腎代替療法(RRT)を開始すべきと判断した。その結果、徐々にL-FABPが低下し、最終的に透析離脱が可能となり、離脱時期に関してもPOCキットでL-FABPの低下を確認して判断した。
急性腎盂腎炎、敗血症性ショックを呈した91歳男性。尿中L-FABPは基準値よりやや高めであったが大きな変動を示していなかった。高齢者では、体外循環の施行により慢性化あるいは腎機能が悪化してしまった経験を踏まえ、あえてCHDF等を実施しないという判断に至った症例である。
原因不明の急性膵炎、多臓器不全を呈した72歳女性。CHDFを開始したが、膵炎悪化時、クレアチニンに変動は認められなかったが尿中L-FABPに大きな変動が持続的に認められため、CHDFを継続している。
まとめ
以上述べてきたように尿中L-FABP検査は、糖尿病性腎症の病期分類、治療評価から敗血症などの全身疾患におけるAKIのリスク評価にも有用と考えられる。また、ICU領域では、血液浄化療法の間接的な評価としても有用である可能性がある。今後、症例を積み重ね、データの精度を高めていくことが重要だと考える。
Discussion ―フロアとの質疑応答―
――実際にどのようなタイミングでL-FABPの測定をするのがよいでしょうか。
佐藤先生 L-FABPは治療効果を鋭敏に示すマーカーと考えておりますので、一番多いタイミングは検査の経過途中になると思います。また治療開始時にはほぼルーティンで測るようにしております。
――ベースラインと比較をしないと治療の判断が難しいので、最低2回は測定するということですね。
佐藤先生 その通りです。
松田先生 L-FABPを測定することにより、佐藤先生としてはICUにおいて何が変わったとお感じになりますか。
佐藤先生 AKIの早期発見、これにつきると思います。血液検査、クレアチニン、BUN、尿量などは、基本的なマーカーではありますが、必ずしも早期に変動がみられないものがあります。これまでの一連の検討を通じ、L-FABPはAKIの早期発見ならびに体外循環を行うかどうかを判断する根拠として有用なマーカーになり得ると考えています。
文献
初 出
第46回 日本集中治療医学会 学術集会 教育セミナー(ランチョン)8 第8会場 (国立京都国際会館 2F Room B-1)
演題:集中治療領域における急性腎障害マーカーL-FABPの有用性と課題
座長:松田 兼一 先生(山梨大学医学部 救急集中治療医学講座 教授)
演者:佐藤 英一 先生(新松戸中央総合病院 腎臓内科 部長, 血液浄化センター長)
共催:シミックホールディングス株式会社、積水メディカル株式会社