第28回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(2)
加藤光敏 先生(加藤内科クリニック院長)
初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 54(2017年10月1日号)
はじめに
高齢者の糖尿病治療において何が一番難しいかと言えば、それは不測の低血糖という厄介なものへの対応です。これは網膜症の悪化を招いたり、転倒・骨折、認知症、そして心血管病などいわゆる「老年病」の引き金にもなるので重要です。
HbA1cが高いから低血糖は来さない、と安心していると足をすくわれます。外来で「いつも血糖測定値が高い時が多いのにHbA1cは優秀ですね!」というやり取り、何かが変だと思われませんか?貧血でHbA1cが低く出ているわけではない症例です。実はこのような例の多くは「無自覚性の夜間低血糖!」を示している可能性が高いということに思いを馳せる必要があります。このことは最近の持続血糖測定器の進歩で明らかになっています。今回は高齢者の糖尿病治療を、不測の低血糖を踏まえての安全面から考えてみたいと思います。
高齢者は低血糖症状を自覚しにくい
低血糖になる可能性のある薬物を服用していたり、インスリン注射療法中の方で「私は一度も低血糖を起こしたことがありません!」と自慢げに話す患者さんは少なくないものです。実際にそうであるなら良いのですが、実はそれに気づいていなかったのかもしれないのです。高齢者の危険な低血糖の特徴は「自律神経症状の欠落」です。症状が出にくいため、低血糖の自覚が生じにくいのです(無自覚性低血糖)。そして急な「中枢神経症状」の始まることが経験されるのは高齢者での恐ろしいところです。さらに始末の悪いのは、軽めの中枢神経症状である、めまい・ふらつき・せん妄などは、糖尿病でない高齢者でも起きそうな症状なのです。重症低血糖で高齢者が外出先で倒れたら「脳卒中では!」と一般には考えられてしまい対処が遅れがちとなります。
高齢者の低血糖は他の危険因子と関連
高齢者の認知症は糖尿病治療の障害となるので早く見つけることが大切ですが、見つけにくい側面があります(文献1)。さらに高齢者の低血糖と種々の合併症との相関の報告は多数ありますが、『高齢者糖尿病診療ガイドライン2017』では、米国メディケア約36万人の後ろ向きコホート研究で重症低血糖を起こした方は転倒リスク1.36倍、転倒骨折が1.70倍との文献を紹介しています(文献2)。認知症に関しては、それがあると重症低血糖は1.61倍、また重症低血糖を起こした場合には認知症が1.68倍とメタ解析で示されています(文献3)。逆に高齢者で重症低血糖を1, 2, 3回以上起こした方では、認知症の発症リスクがそれぞれ、1.26, 1.80, 1.94倍になることも報告されています(文献4)
高齢者糖尿病の血糖コントロール目標と服薬ミスの軽減
2016年5月に「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」が発表されました。この目標は、糖尿病診療に熱心な医師はそれとなく行ってきたものです。それを「ADL、認知機能、年齢から目標とするHbA1c値に幅を持たせたこと。特に下限値を設けたこと」は画期的なものです。当外来の診療室には表が貼ってあり、あくまでも7%未満を頑として目指す高齢者、ご家族にはこのコントロール目標の表を示しながら説明し、重症低血糖防止に役立てています。
当院でも「薬を飲んだつもりだが自信がない。もう一度飲んで良いか」「薬を2回飲んでしまったと思うが大丈夫か」という電話を受けることがあります。多剤処方は服薬ミスを招くことが多く、残薬の問題にもつながります。そのため処方の単純化が必須となってきます。加齢による副作用増加も考えると一包化だけで対処せず、1日2回、できれば1回を目指して整理していくことをお勧めしたいと思います。
単純化の具体例を挙げれば、持効型インスリンを朝食前に打っている患者さんは、降圧薬、DPP-4阻害薬など服薬はすべて食後から注射時の食前に変更する。DPP-4阻害薬朝1回、メトホルミン250mg錠1日3回なら、エクメットⓇLD(ビルダグリプチンとメトホルミン250mgの合剤)朝夕各1錠に単純化する。認知症が進んだら週1回のDPP-4阻害薬や、週1回のGLP-1受容体作動薬への変更を検討し、家族や介護関係者のサポートを得るなどです。
おわりに
外来診療では今まで大丈夫だった患者さんが1年また1年と歳を重ねていくことを忘れてはいけません。同じ処方を続けるうちに低血糖に見舞われることになりかねません。ただし、相手の性格を考慮せずに副作用教育をし過ぎて、気持ちを萎縮させ低血糖におびえ、それを理由に間食する日々を過ごす患者さんを生むようではいけません。この点は高齢者の日常診療ではとても大切なことだと考えています。短時間の接点で患者さんの性格を把握しにくい薬剤師さんにも特に伝えておきたい事項です。
血糖コントロールを良くしたいという思いと、その患者さんの年齢・活力を考えた妥協点を見つける努力は医療者にとって欠かしてならない診療上のポイントだと言えます。次回は高齢者における薬物療法を具体的に検討していきます。
参考文献
- 1) 加藤光敏. 糖尿病情報BOX&Net. 53「糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 第27回高齢糖尿病診療の特徴と注意点(1)」, 2017
- 2) Jonson SS et al. Diabetes Obes Metab 14:634-643,2012
- 3) Mattishent K et al. Diabetes Obes Metab 118:135-141,2016
- 4) Whitmer RA et.al. JAMA 301:1565-1572, 2009
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 目次
- 36. 第36回 糖尿病腎症の進展抑制が期待される「経口薬剤」
- 35. 第35回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(9)〈GLP-1受容体作動薬-2〉
- 34. 第34回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(8)〈GLP-1受容体作動薬-1〉
- 33. 第33回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(7)〈インスリン療法-2〉
- 32. 第32回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(6)〈インスリン療法-1〉
- 31. 第31回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(5)
- 30. 第30回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(4)
- 29. 第29回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(3)
- 28. 第28回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(2)
- 27. 第27回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(1)
- 26. 第26回 経口血糖降下薬配合剤の現状と注意点
- 25. 第25回 EMPA-REG OUTCOME試験のその後と新たな展開
- 24. 第24回 GLP-1受容体作動薬(2)
- 23. 第23回 GLP-1受容体作動薬(1)
- 22. 第22回 インスリン療法をレベルアップする機器
- 21. 第21回 インスリン製剤 (4)
- 20. 第20回 インスリン製剤 (3)
- 19. 第19回 インスリン製剤 (2)
- 18. 第18回 SGLT2阻害薬 (5)
- 17. 第17回 インスリン製剤(1)
- 16. 第16回 SGLT2阻害薬(4)
- 15. 第15回 SGLT2阻害薬 (3)
- 14. 第14回 SGLT2阻害薬(2)
- 13. 第13回 スルホニル尿素(SU)薬(3)
- 12. 第12回 スルホニル尿素(SU)薬(2)
- 11. 第11回 スルホニル尿素(SU)薬(1)
- 10. 第10回 SGLT2阻害薬(1)
- 9. 第9回 DPP-4阻害薬(3)
- 8. 第8回 DPP-4阻害薬(2)
- 7. 第7回 DPP-4阻害薬(1)
- 6. 第6回 GLP-1受容体作動薬
- 5. 第5回 チアゾリジン薬
- 4. 第4回 グリニド系薬剤
- 3. 第3回 ビグアナイド薬(2)
- 2. 第2回 ビグアナイド薬(1)
- 1. 第1回 α-グルコシダーゼ阻害薬
- 2019年12月05日
- 2型糖尿病治療剤「ザファテック錠 25mg」を発売 高度腎機能障害患者・末期腎不全患者にも投与可能
- 2019年12月05日
- AI(人工知能)による糖尿病性腎症の自動判断ツールを開発 蛍光画像から100%の正解率で診断
- 2019年12月05日
- 連続血糖測定(CGM)のアラーム設定値が血糖コントロールに影響 最適設定は75mg/dLと170mg/dL
- 2019年11月29日
- 咀嚼が食後血糖値を下げる効果は朝と夜で異なる 朝に咀嚼回数を増やすと最も効果的 インスリン初期分泌を促進
- 2019年11月29日
- 「10月8日は、糖をはかる日2019」講演会レポート & 血糖値アップダウン写真コンテスト優秀作品公開
- 2019年11月28日
- 妊娠中の抗うつ薬使用で妊娠糖尿病のリスク上昇の可能性
- 2019年11月27日
- 小児肥満・肥満症の予防のためのパートナーシップを開始 ノボとユニセフ
- 2019年11月27日
- HGF遺伝子治療用製品「コラテジェン」 米国で閉塞性動脈硬化症を対象とした臨床試験を開始
- 2019年11月27日
- ミトコンドリア機能を改善する2型糖尿病治療薬「Imeglimin」 日本での第3相臨床試験は良好な結果に
- 2019年11月27日
- 血液1滴から13種類のがんを99%の精度で検出 「マイクロRNA」をマーカーに簡便で高精度にがんを識別