私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

37. IAPで糖尿病はなおらないか

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 合併症はprediabetesで起こっている

 1950-60年代はprediabetesの研究が盛んであった。糖尿病の原因は不明であったので、「何らかの異常が血糖が高くなる以前に現れているのではないか」ということにみんなが関心を寄せていた。筆者らは夫婦糖尿病の子供のGTTと分娩歴、ERGやインスリン分泌を調べてprediabetesに異常が現れるが、そのときにはすでに軽度のGTT異常があることを指摘した。スペインの太陽海岸で開かれたシンポジウムで発表したのでファイザー社のDiabetes Outlook紙(Vol.6、No.2、1971)にも紹介された(図1)。
  図1 糖尿病の両親を持つ人たちのわれわれの研究が紹介されGTT時のインスリ
  ン分泌が紹介されているDiabetes outlook紙,1971年2月号
 しかしEllenberg(1958)、Freedman(1957)らは高血糖になる以前に合併症をみることがあると報告、そしてテキサス大学のMarvin D. Sipersteinらは夫婦糖尿病の19才以上の子供でGTT正常型の者30例について、筋(大腿四頭筋)生検を行って毛細血管基底膜の厚さを計測した。
 その結果は健常者50名では1,079±13Å(M±SE)、prediabetes30名では1,353±22Åで1%以下の危険率で有意の肥厚がみられた。健常者では1,325Å以上の肥厚は50例中4例(8%)であるのに対し、prediabetesでは30例中16例(53%)と高率であった(Clin. Res 14、101、Trans. Ass. Amer. Phyens. 79、330、1966)。すなわち糖尿病になる人は発病前にすでに細小血管障害が始まっているというのである。
 これより少し前にSipersteinらは糖尿病発症数日後の患者についても筋および腎生検を行い、毛細血管基底膜の肥厚が起こっていることを観察し報告した。1963年3月25-27日には、バージニア州Warrentonで糖尿病の細小血管障害に関するカンファレンスが開かれ、その記録も出版された(図2)。
図2 カンファレンスの記録

(B5判、317頁)

2. 高血糖ラットに合併症は起こらないか

 正常ラットの中からGTTがいくらか異常なものを選抜交配して、GTT糖尿病型のラットを作るのに成功したことはNo.35に記した。ではそのラットに細小血管障害が起こるか否か、これが最も知りたいことであった。
 病理学教室で研究中の八木橋操六学士(当時)がこの問題に取り組んでくれた。腎糸球体毛細血管の基底膜の厚さは週数とともに肥厚するが、糖尿病ラットではその肥厚が早く起こり12週齢以後には有意に肥厚することが明確に示された。
図3 正常ラット(破線)と高血糖ラットの腎糸球体毛細血管基底膜の厚さの加齢による変化(八木橋ほか)
 これは重要な知見であった。これによって細小血管障害は遺伝的基盤で起こるのではなく、高血糖によって二次的に起こることが明確に示されたわけである。この成績が欧文誌に発表されるとDiabetes Outlookはトップ記事として紹介した。
図4 糖尿病ラットの腎糸球体毛細血管基底膜の肥厚(八木橋操六学士)

3. one-shotで糖尿病が消える

 当時北海道大学におられた宇井理生教授はわれわれの高血糖ラットのことを聞きつけて、この物質が糖尿病を改善するかどうかをみて欲しいと話してこられた。宇井教授はインスリン分泌をはじめ多くの業績をあげておられることを知っていたので二つ返事で引き受けることにした。物は百日咳ワクチンより抽出したかなり高分子のもので、それを投与するとアドレナリンβ受容体を介するインスリン分泌が増強されるという説明であった。それを糖尿病ラットに注射したところが、3日後のGTTは正常型になった。糖尿病が消えたのである。そして35日になってもGTTはまだ糖尿病型にはならないことがわかった。こんな薬はこれまでみたことも聞いたこともなかった。もし本当に効果があるのであれば中等症の糖尿病はみな治るのではないだろうか。宇井教授と相談して治療の研究会を結成することになった。
図5 IAP(islets-activating protein)1回投与によりGKラットの耐糖能およびインスリン分泌の改善効果の持続
 東京で会議が開かれた。この百日咳ワクチンより抽出された物質はIAP(islet activating protein)と呼称された。IAPは分子量が大きいので抗体ができるのではないかということが懸念事項であった。しかしラットには効いたが人間にも効くのだろうか。これも治験を進めるのに必要な情報である。動物には効いたが人間には効果がなかったという例は過去にも非常に多い。といって、第1相試験もやっていないものを患者さんにやるわけにはいかない、と話し合っているところに、会社の社長さんが、軽い糖尿病があるので自分が試験台になろうという話を持ち込まれた。ありがたい話だが万が一何か起こったらどうしたものか、と教室でも相談し、大学病院のICUとも密接な連絡をとって試験を行うことにした。入院していただいて注射をした。残念ながら血糖に対する改善効果はみられなかった。社長さんをはじめ、みんな夢が遠ざかった想いであった。

(2015年09月26日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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