5. 問題は解けた
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1. 糖二重負荷試験は曲線が重なっただけとわかる
プラトンはアテネの郊外で英雄アカデモスを祀った神殿のある所に学校を造り、そこはアカデメア(アカデミー)と呼ばれた。現在アカデミーは学園の一般名となっている。そのアカデメアの入口には、「幾何を知らざる者入るべからず」と掲げてあったといわれる。中学のときには、幾何の問題は解いても解いてもつぎつぎに問題が出てきたのを覚えている。
学位論文の研究では、ぶどう糖の二重負荷試験をあれこれやってはみたが、なかなかよい成果が出ないのでぶどう糖50gの単一負荷試験も4時間やってみた。そしてある時2つの検査成績をもとに作図してみた。単一負荷の血糖曲線について、前値(空腹時血糖値)からの血糖の増加量を2時間以後の曲線の上に図1のように重ねてみたわけである。
図1 ぶどう糖負荷血糖曲線に増加量を積み重ねた仮想図(破線)
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Metabolism 4,323-332,1955より
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軽い糖尿病では1時間か1時聞半で頂値となり、それから低下しはじめてやがて前値より低くなり、そして再び上昇して前値近くに落ち着く。血糖の増加量を重ねると2回目の頂値は前値より低くなった血糖曲線の谷の中に入るので、1回目より低くなる。
中等症以上の糖尿病ではぶどう糖服用後の血糖上昇が長く続き前値にもどるのは3時間半以後になる。したがって前値より高い曲線の上に増加量を積み上げるので2回目の頂値は1回目よりも高くなる。これらを実際に行った二重負荷試験と較べたら、図2のようにすべてピタリ一致した。
図2 ぶどう糖二重負荷試験
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Metabolism 4.323-332,1955より
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つまり、二重負荷試験は2つの曲線の和なのであった。それは幾何の問題で補助線を1本引くと解決できるような簡単なことであった。こんなことにどうして25年もの間誰も気がつかなかったのだろうと思い、米国の医学雑誌に発表した。
それでつぎはぶどう糖10g静脈内注入試験を行ってみた。ぶどう糖を静注して10分おきに耳朶から採血した。同様に図3のように作図してみると図4のように経口負荷よりも更によく一致した。
図3 静脈内ぶどう糖負荷血糖曲線に増加量を積み重ねた仮定図(破線)
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Tohoku J.exp.Med.64,199-208,1956より
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図4 静脈内ぶどう糖二重負荷試験
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注入されたぶどう糖は一次元拡散式
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二重負荷試験が2つ重ねただけのものならば、1回負荷だけでよいわけであり、2回やる必要はないとわかった。
図5 静脈内ぶどう糖二重負荷試験
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Tohoku J.exp.Med.64,199-208,1956より
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2. 血糖はすべて作図通りに上がらないことから血糖上昇限界値を提唱
血糖が血糖曲線の作図通りになるものであれば、血糖がもっとも高くなるように作図して、実際に負荷した場合に作図通りに上昇するものだろうか。
ぶどう糖を30分後や60分後に飲ませる作図では60分後や90分後に最高値になる。実際にその間隔でぶどう糖液を2回飲んでもらうと、図6のように中等症以上の糖尿病では作図通りに上昇するが軽症の糖尿病や健常では或程度以上までしか上昇しない。
図6 血糖が最高になる作図と実際との比較
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すなわち、ぶどう糖を経口的に負荷したときには、それ以上は上昇しない天井があることがわかった。これを血糖上昇限界値 limiting level of hyperglycemia と呼ぶことにした。空腹時血糖値との関係は図7のようになった。この天井をきめている要素の解明は血糖調節の点から面白い問題と思われる。
図7 空腹時血糖値と血糖上昇限界値との関係
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Tohoku J.exp.Med 66,125-130,1957より
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同じ内科に入局した同級生はいつの間にかみな世帯を持っていた。当時は独り者がいると世話好きがうるさく話を持ちかける時代で、学位論文が仕上がったところで見合い結婚し、大学病院の裏に住んだ。
(2014年04月01日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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