オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

49. 高齢者糖尿病における治療のさじ加減

阪本要一 先生(東京慈恵会医科大学客員教授 )

阪本要一 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 49(2016年7月1日号)

高齢者糖尿病の増加が差し迫った問題に

 我が国は世界に例をみないスピードで高齢化が進んでいます。2007年に人口に占め る高齢者の割合が21%を超えて「超高齢社会」となり、さらに2025年には団塊の世代がすべて後期高齢者になり、少子化と相まってさらに高齢化が進んでいきます。

 このような変化は疾病構造に大きな影響を与えます。具体的には認知症や転倒・骨折の高リスク者が増加しますし、それらによる介護需要が増え、反対に介護の担い手の世代は減少します。加齢とともに耐糖能が低下しますから高齢発症の糖尿病患者さんが増加しますし、非高齢世代だった患者さんの高齢者への移行も増えます。現在既に糖尿病患者の7割前後が高齢者であろうと推計されています。そしてこれらはそれぞれ独立した問題ではなく相互に関連して、糖尿病の医療に関係してきます。

低血糖と認知症、血管イベント、フレイル

 例えば患者さんの認知機能が低下してく ると、それまでご自身でできていた服薬や インスリン等の注射を正しくできなくなってくることがあります。すると血糖コントロールは悪化し、低血糖のリスクも高くなります。 そもそも高齢者は、腎機能低下による薬剤蓄積傾向やインスリン拮抗ホルモン分泌低下などのため、認知症でなくても低血糖になりやすい状態にあります。

 反対に、低血糖が認知症や心血管イベントのリスクを高めることが近年わかってきました。また近年、ストレス耐性が低下した状態を「フレイル」といい、要介護のハイリスク状態と定義するようになりましたが、そのフレイルにも低血糖が関与することが示唆されています。

 さらに問題を複雑にしているのは、高血糖もまた認知症等のリスクであることです。つまり、これらの有害事象の発生頻度と血糖との相関はJカーブを描くということです。

 このように、急速な高齢化と、近年明らかになった糖尿病領域の新たな知見を背景として、高齢者糖尿病の治療において低血糖を来さずに血糖を管理していくことが、大きな課題になってきました。しかも核家族化により独居の高齢者や老々介護、認々介護が増え、糖尿病治療を'安全に'続ける環境を作る必要性が高まっています。

高齢者糖尿病の新しい血糖管理目標

 こうした中、日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会から、高齢者糖尿病の血糖管理目標が2016年5月20日、京都で開催された第59回日本糖尿病学会年次学術集会で発表されました。その特徴は、患者さんを健康状態から三つに分類し、低血糖リスクがある場合には目標の下限も掲げている点です。

 まず、認知機能が正常でADL(日常生活 動作)が自立している場合をカテゴリーIとします。カテゴリーIで、かつ、重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤、SU薬、 グリニド薬など)を用いていない場合は、熊本宣言における合併症予防のための目標、即ちHbA1c7.0%未満を目標とします。

 カテゴリーIでも重症低血糖が危惧される薬剤を使用している場合は、前期高齢者ならHbA1c7.5%未満を目標とし、かつ6.5%を下限とします。後期高齢者の場合は8.0%未満かつ下限7.0%が目標です。

 次に、認知機能が軽度に低下している場合、または基本的ADLが自立している(身の回りのことは自分でできる)ものの手段的ADLが低下している場合をカテゴリーIIとします。カテゴリーIIでは重症低血糖が危惧される薬剤使用の有無で目標を分け、使用していなければHbA1c7.0%未満、使用している場合は8.0%未満かつ下限7.0%です。

 カテゴリーIIIは中等度以上の認知症の場合、または基本的ADLが低下している要介護状態、または多くの並存疾患・機能障害がある場合です。カテゴリーIIIで重症低血糖が危惧される薬剤を使用していなければHbA1c8.0%未満、使用している場合は8.5%未満かつ下限7.5%を目標とします。

患者さんごとの糖尿病の重みを推し量る

 このような上限と下限のある血糖管理目標が示され、その範囲を逸脱しないために 血糖変動を抑制する薬剤も近年充実し、安全に糖尿病を治療していく環境が整いつつあります。ぜひこの新たな管理基準を多くの患者さんに活用していきたいところです。

 しかし高齢の糖尿病患者さんに向き合うときに大切なことは血糖管理目標を達成することばかりではありません。目の前の患者さんは確かに糖尿病ではあるものの、糖尿病以外の疾患があり他の医療機関を受診しているかもしれません。ポリファーマー シーには常に注意が必要でしょう。薬物治療でだけでなく、食事療法においても非高齢者に対するものとは一味違った栄養指導が大切ではないかと思います。例えば患者さんの好みをできる限り取り入れるといった 工夫です。

 治療に伴う副作用リスクやQOLへの影響は治療介入とともに発生しますが、血糖管理の効果発現には年単位の時間がかかります。高齢糖尿病患者さんの治療にあたっては、この点を常に心に留めて、我々医療従 事者が経験と専門知識のもとに、柔軟に"さ じ加減"をすることが重要なのではないかと思います。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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