私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. その新薬は何が適応なのか

 いまα-グルコシダーゼ阻害薬(以下α-GI)は糖尿病治療薬として汎用されているが、はじめAcarboseはドイツのバイエル社からは何に有効な薬か分からないまま導入された。バイエル社の研究所でもこの適用疾患が分からなかったのであろう。それで日本のバイエル社では消化吸収に関係あることから、消化器病学会のその分野の研究者にあたった。
 しかし適応となる疾患が見当たらないことから、次に肥満や高脂血症が適応とならないかということで、1977年より五島雄一郎教授が世話人となってその分野の研究が始まったが、やがて対象は糖尿病であることが分かり、五島教授の下11名の中央委員が選ばれ、1982年7月より治験が開始された。

2. Acarbose(BAYg5421)の臨床試験

 対象にしたのは一定期間食事療法を行っても空腹時血糖(FBS)120mg/dL以上または食後血糖(PBS)2時間値200mg/dL以上で35-75歳の人。インスリンや経口血糖降下薬で治療中の人や、重篤な併発症、妊娠の可能性のある人、胃腸疾患のある人は除外された。治験はA群、アカルボース50mg錠を1日3回(150mg/日)朝・昼・夕食中に服用、B群100mg錠を1日3回(300mg/日)食中に服用。4週間の観察期に続いて8週間の治療期、さらに4週間の追跡観察期というプロトコールであった。
 治験は1983年3月に終了し、A群、B群ともに食後2時間値は有意に低下した。特にPBS200mg/dL以上の群では両群ともにP<0.001の有意差で下降がみられた。FBS140mg/dL以上の例でも有意に下降し、B群がより著明であったが、PBS200mg/dL以下の例やFBS140mg/dL以下の例では有意の下降は認められなかった(医学のあゆみ 149巻 7号、1989)。
 五島教授は血清脂質の研究者であったので、血清脂質への影響も検討された。我々のグループでは丸浜喜亮博士が小腸よりの糖質吸収も含め詳細に検討し発表した(Tohoku J. exp. Med. 130、243-252、132、453-462、1980)。全国の治験成績では高脂血症例に対しては有意の下降が認められたが、正常例をさらに低下させる作用は認められなかった。
 1981年10月8日-10日にスイス・レマン湖畔の風光明媚なChillon城のあるモントレで第1回アカルボース国際シンポジウムが開催され出席した。アカルボースに関する総説は丸浜教授により1982年に報告された(医学ジャーナル 18、1167-71)。第2回のシンポジウムは1987年11月12日-14日ベルリンで開かれ、筆者は日本の成績をまとめて報告した。
 1988年7月にDCCTの世話人をやったMGH(マサチュセッツ総合病院)のD. M. Nathan博士より抗糖尿病治療探求の国際委員会を結成するので参加して欲しいとの手紙をいただき受諾した。バイエル薬品がスポンサーで年に3度ほど委員会が開かれいろいろの発表を聞くことができた。STOP-NIDDMのChiasson教授、ドレスデンのHanefeld教授などもメンバーであった。

3. 日本でも作っていた

 1985年5月に第28回日本糖尿病学会が大津で開催された。そのとき武田薬品の方からアカルボースと似た作用をもつ物質が細菌より分離されたので、治験の世話人になって欲しいとの話があった。それから治験に賛同くださる方々にお願いしてプロトコールを作成し、第2相の用量反応試験を行った。その結果は副作用が多過ぎて不評であった。そこで用量を1/10に下げたところ、今度は結果が現れないことが分かった。もうひとつのdosisでやって欲しいとの会社の要望があり、「もう一度ですか」と言う治験担当の方々にお願いして第3度目の用量試験を行った。
 その結果は納得できる結果であったので(臨牀と研究 69、1237-1256、1992)、第3相二重盲検比較試験のプロトコロールを検討し0.2mg錠1日3回とブラセボ錠1日3回との比較試験を開始。1992年5月に治験223例の解析結果がまとまった。その成績では食後1時間値の抑制が最も著しく、次いで2時間値の抑制であった。血中インスリン値、血清脂質には大きな変動はなく、また副作用はアカルボースを参考にしたためか、重症のものは少ない傾向がみられ、日常臨床に使用可能と判断された。

4. α-GIの作用機序の解析

 α-GIの食後過血糖抑制作用を納得できるほどに明確にしたいと考え、動物実験室のない病院に移った筆者らは武田薬品中研の松尾隆夫氏らにお願いして正常ラットに蔗糖を負荷してボグリボースの投与による影響を検討していただいた。小高裕之氏らの成績は図1のように、対照では1時間後に小腸上部に蔗糖がみられるだけで、その下部にはなく、一方ボグリボーズ0.1mg/kg投与群では6時間後にもなお小腸下部、大腸に蔗糖が認められ、0.03mg/kg投与群ではそれらの中間の変動であった。
図1 消化管内sucrose量の時間的変化
 腸内に未消化の炭水化物があると大腸で細菌により分解されて水素ガスを発生したり酢酸、酪酸、乳酸などの有機酸になり腹部膨張、下痢その他の症状を招くことになる。水素ガスは腸管壁より吸収されて呼気として排出されるので、呼気中の水素ガスを測定すれば腸管内でのガス発生を間接的に知ることができる。人工的二糖類のlactuloseは小腸内で消化されることがないので大腸で分解されて水素ガスを発生する(No.46 参照)。
 そこで健康なボランティアにlactulose13gを経口投与して経時的にみた(図2-1,2,3)。図2-3のように水素ガスが発生する。蔗糖100gとブラセボを投与したときには小腸で消化吸収されるので、ガスの発生はみられない。ボグリボース0.2mgと蔗糖100gを投与したときにはわずかに発生するのが小量であることが分かった。これらは糖尿病グループの山田憲一博士、大山武博士、それに武田薬品の井上氏らが外来の休診の土曜日にボランティアに来院いただいて検討を行ったので、井上氏らは大阪より何度も来仙された(Diab. Res. Clin. Pract、28、81-87、1995)。
図2-1 血糖推移
図2-2 血中インスリン推移
図2-3 呼気水素ガス濃度推移
 このような成績を基に考えられた模式図が図3のようなものであり、アカルボースとの違いは図4に示されている。
図3 糖質の吸収遅延と吸収阻害の関係(模式図)
図4 炭水化物の消化・吸収過程とα-グルコシダーゼ阻害薬の作用部位
 このようにしてアカルボースは1993年10月に製造が許可されて同年12月13日より販売、ボグリボースは翌年8月に製造許可、9月より販売となった。

5. 膵島変性を改善

 武田薬品中検ではGKラットの膵島が加齢とともに障害されていくことに注目し、ボグリボース4.1mg/kg/日を9週間投与し、GTT時のインスリン値と膵島のインスリン分泌細胞を対照と比較した。そして同週齢のGKラットに比較してインスリンの分泌が良好で、インスリン分泌細胞が明らかに多いことを見出した。α-GIには膵島の保護作用のあることも分かった。この他にも小高氏らはGKラットを用いてSU剤との併用などについても多くの研究を行った。

6. インスリン療法に併用

 インスリン治療で全ての症例をコントロールできるわけではない。食事療法が守られていなければ当然コントロールは不良であるが、また食後の急速な血糖上昇を抑制しようとすると、インスリンは過量になり低血糖を起こす。そこでα-GIを用いて食後の上昇を緩和しインスリンを利かせればよいと考えた。筆者はブドウ糖二重負荷試験の研究で血糖曲線は個々の血糖曲線の和で説明できることを証明していた(No.5 参照)。今回は食後の血糖上昇をα-GIで抑え、それをさらにインスリンで抑えるという方式である。血糖曲線の和だけでなく減(引き算)も成りたつことがわかり図5のような説明図を考えた。いずれにしても食事摂取後の急激な血糖上昇の緩和策にはα-GIの使用が有効といえる。
図5 インスリン治療へのα-グルコシダーゼ阻害薬の併用

7. ミグリトール

 アカルボースはグルコバイ、ボグリボースはベイスンとして販売され、グルコバイは中国でも発売された。武田薬品でも天津にある武田公司が1995年にベイスン(倍欣)の発売記念講演会を開き筆者が担当した。さらに2年後には北京を中心として上海その他の主要都市を結ぶテレビ討論会が行われ大成功であった。
 アカルボースは図4にみるように二糖類に対する作用は強くない。バイエル社では小腸粘膜上皮細胞刷子縁の二糖類水素酵素を阻害するα-GIを開発しミグリトールとして欧米で発売していた。わが国でも1991年より第1相試験が行われ、第2相・用量反応試験の世話人代表を引き受けることになった。1回25mg、50mg、75mgの3用量で行うことにし1994年1月から82施設で行われ97年4月に終了した。50mg錠が効果や副作用の点から妥当と結論された(薬理と治療 33巻11号、1099-1111、2005年)。
 第3相試験からは堀田饒院長(中部労災病院)が世話人代表として三和化学研究所が行うことになり、全て成功し現在セイブルとして発売されている。

(2015年10月10日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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