オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

9. 食後高血糖の評価

富永真琴 先生(山形大学医学部臨床検査医学教授)

富永真琴 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 9(2006年7月1日号)

なぜ食後高血糖が注目されたのか

 ADAは1997年、糖尿病患者の大血管障害を抑制することを狙い、より積極的に糖尿病をフォーローアップするため、診断を容易にする方策としてOGTTを行わずに空腹時血糖値のみによる診断を推奨し、同時に空腹時血糖値の基準値を従来の140mg/dLから126mg/dLに下げました。ADAが定めたこの空腹時血糖の新しい基準値はその後まもなくWHOや日本糖尿病学会の診断基準にも採用されましたが、糖負荷後の血糖値を重視しないという点については、各方面から疑問が投げかけられて今日に至っています。

 一方、糖負荷試験で糖尿病型にも正常型にも属さない境界領域(IGT)は、以前から、糖尿病に移行しやすくかつ動脈硬化が進行しやすい状態であると指摘されていましたが、診断基準変更に伴い新たに設けられた、空腹時血糖値のみで判定されるIFG(impaired fasting glucose)を、それまでのIGTと同様に促えることには疑問が生じてきています。

 この答えを得るため、私どもが協力して行ってきた山形県舟形町における糖尿病検診の結果を分析したところ、IFGは確かに糖尿病発病リスクの高い集団でしたが、心血管障害のリスクは糖代謝正常のグループと変わらないことがわかりました。一方、IGTは以前から言われてきたように糖尿病発病リスクが高く、そして心血管障害のリスクも糖尿病領域のグループと同程度に高いことが確認されました。同様の成績はヨーロッパやアジアにおけるDECODE,DECODA研究においても得られており、動脈硬化性疾患の危険因子として、糖負荷後(日常生活においては食後)の血糖が注目されるようになってきました。

食後高血糖のなにが悪いのか

 食後の血糖値が高いとなぜ動脈硬化が進むのか、その理由を完全に説明できる医学的な根拠はまだありません。近年、動脈硬化は血管の慢性的な炎症であると捉えられるようになりましたが、炎症マーカーである高感度CRPが食後高血糖とよく相関することや、食前と食後の血糖値の変動幅が大きいほど血管内皮細胞が傷害されやすいことを示す研究など、食後高血糖の重要性に焦点を当てた興味深い報告もみられています。

 そんな中でも糖尿病を代謝性疾患の一つとして考えるとき、食後高血糖とともに食後高脂血症、特に食後高中性脂肪血症の影響を考察した研究に注目したいと思います。糖尿病で高中性脂肪血症を併発しやすいことはよく知られていますが、空腹時に比べて食後はさらに中性脂肪値が高くなることがわかり、これまでのように空腹時のみの検査では糖尿病に併発した高中性脂肪血症の多くを見逃してしまう可能性があります。

食後の検査値が基本?

 臨床検査の多くは早朝空腹時が基準とされています。ただ、いつでも十分な食事ができ、かつそのことが発症原因の一部にもなっている代謝性疾患を評価する場合、早朝空腹時という日常生活ではやや特殊な状態より、食後の検査値を指標としたほうが、より実際に則した評価と言えるのではないでしょうか。

 幸い糖に関しては古くからOGTTにより空腹時と糖負荷後の二本立てで判定され、両者の意味するところの相違もそれなりに研究されてきました。しかし脂質については、空腹時と食後でそれほど差がないLDL-Cに重きが置かれ、食後に高くなる中性脂肪の影響は、昨今ようやく注目され始めたところです。

「食後」の異常値に対する治療介入

 食後高血糖による動脈硬化症の進展には食後高脂血症も関与しているかもしれません。しかしそうだとしても、現在のところ「食後」の血清脂質値を特異的に改善する手段や食後に患者さん自身が血清脂質値を測る方法はありません。一方で血糖に対しては「食後」に的を絞って効果を発揮する薬があり、血糖自己測定も普及しています。

 食後高血糖のみられる状態で動脈硬化が進行するメカニズムの詳細は今後の研究を待たなければなりませんが、食後高血糖を管理することで動脈硬化性疾患を抑制できることは、α-グルコシダーゼ阻害薬を用いたSTOP-NIDDM研究などで示されています。このことから、現状における糖代謝異常に伴う大血管障害予防戦略としては、高脂血症や高血圧などの動脈硬化危険因子の管理と平行して、評価と治療が可能な「食後」血糖値を厳格にコントロールすることが有用だと言えます。その管理目標は、現在、細小血管障害予防上の目安の'良'とされている180mg/dLよりも低い値ではないかと考えています。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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