糖尿病の「起きはじめ」を再現する動物モデルの開発に成功 慶應大

2011.05.18
 病気の「起きはじめ」を再現する動物実験ツールの開発に成功したと、慶應義塾大学医学部の研究チームが発表した。糖尿病などの疾患の早期状態を詳細に検討する安定した動物実験モデルの開発が、早期発見・治療のための治療薬の探索を促進すると期待されている。

早期状態を詳細に検討できる安定した動物モデル

 難病や変性疾患の多くは、特定の細胞が徐々に減っていくことで病気が進行していく。一般に症状が出る前から徐々に減っていくが、臓器の予備能(余剰能力)のおかげで、細胞数が減っても最初のうちは臓器障害が顕在化しない。結果的に症状が出るのは病気がある程度進行してからになる。

 膵β細胞の部分的脱落により発症する耐糖能異常や糖尿病の場合は、膵臓β細胞の80%が減るまで高血糖にならない場合がある。

 良好な治療を行うために疾患の早期発見・治療が重要となる。そのための研究では、疾患早期の状態を詳細に検討できる安定した動物実験モデルをつくることが必要となる。

 そこで研究チームは、ベッドサイドでの「症状の起きはじめ(onset)」を簡便に再現し、疾患初期の病態生理を解析するツールとして、実験者が観察したい細胞や組織に限定して一定の割合で薬剤依存的にアポトーシス(細胞死)を起こす遺伝子改変動物をつくるのに成功した。

 細胞種特異的な遺伝子発現コントロールには一般に「Cre/lox」系が汎用されており、世界で数百種存在する細胞種特異的Cre発現マウスのライブラリから観察したい細胞にCreを持つマウスを選ぶことで標的細胞を決定させる。

 研究では、この変法で異なるlox配列にstop配列を挟んだモザイク様発現を誘導する遺伝子発現調節カセットとFK506アナログ剤投与で活性化される改変型自殺遺伝子カスパーゼ3を組合わせて「時空間調節性のモザイク様細胞死誘導」遺伝子(Mos-iCsp3)を作成し、次いでこの遺伝子を全身に発現させる「トランスジェニックマウス」を作成する方法をとった。

膵臓β細胞の部分的脱落による耐糖能異常

 研究者らは、Mos-iCsp3マウスを3つの異なるCreマウスと交配し、3つの疾患の初期の再現を試みた。すると、病気の起きはじめの段階では、細胞死の量だけではなく、各組織の再生能も特に重要な因子となることが観察された。

 市販のIns2-CreマウスとMos-iCsp3を交配することで、β細胞の約6割をモザイク様に自殺させるモデルを得た。このマウスでは空腹時の血糖値は正常だが、糖質を摂取した後の血糖上昇が亢進しており、これは実際の患者における糖尿病の症状の起こり始めと酷似したものだった。

 マウスの膵臓を顕微鏡的に観察してみたところ、生き残ったβ細胞のサイズも膵臓のランゲルハンス島も大きくなっており、数が減った分を生き残った細胞が代償していることが示唆された。

 この研究は、慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室(小川 郁教授)の藤岡正人助教と生理学教室(岡野栄之教授)が、米国ハーバード大学医学部(アルバート エッジ准教授)と共同で行った国際研究の成果をもとにしている。ここでは実験者が選んだ細胞に特異的に、しかし一部分のみを観察者の好きなタイミングで細胞死に導くことのできる遺伝子改変マウスの作成に成功した。

 従来は、ばらつきを小さく安定して少ない量の細胞死を誘導することは技術的に難しく、標的細胞がモザイク様に細胞脱落しはじめた状態を再現する動物モデルはほとんど皆無だった。

 研究者らは「"病気の起きはじめ"にかぎって起きる生命現象を詳細に調べることが可能となり、早期発見・治療のための治療薬の探索に応用できる」と述べている。研究成果は「The Journal of ClinicalInvestigation」オンライン版に5月16日付けで発表された。

病気の「起きはじめ」を再現する動物実験ツールの開発に成功~「早期発見・早期治療」のための新たな治療法発見につながる成果~(慶應義塾大学医学部 2011年5月17日)

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