私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

56. 中国医学と糖尿病

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 尿の甘味を最初に記載

 糖尿病を思わせる病気をはじめて記載したのはアレキサンドリヤで医学を学び現トルコ領カッパドキヤで医療を行っていたアルテウス(AD30-90)であるといわれている。
 彼は多尿、多飲、やせ、そして死亡するケースを経験し「この病気になると、とめどもなく放尿し、尿は小川のように流れ続け、少しの間でも飲むのをやめると口は渇き、火が腹の中を狂いまわるように感ずる。肉も骨も尿に溶けてしまう奇病である。原因は寒冷と湿気で経過は進行性で最後は死に至る」と記し、これをdiabetesと呼んだ。
 アルテウスの記載したのは多尿症であり、重症の糖尿病か尿崩症か区別はできないが、食事療法も述べられている。
 一方、エジプトではより古くより文明が開け多尿症やその治療が記されたパピルスが知られている。そのひとつはルクソールで1872年に発見され、BC1570頃のものといわれるEbersパピルス、その2、3世紀後のものといわれるHearstパピルス、Brugschパピルスにも多尿症やその治療法が記されているという。
 インドではAyurveda(生命の知識書)が編纂され、BC600~400にはCharak、Susrutaの著作集があるといわれている。インド医学では尿に関する病態はすべてPramehとして扱われ、尿の色、香り、味などから20に分類されている。このうち密尿Madhumehといわれるものが糖尿病ということになる(日本東洋医学誌 44巻2号 145頁、1996年に詳述)。

2. なぜ中国医学を学んだか

 著者より1学年後に入局した石川誠山形大学第2内科教授は、消化吸収の専門であったが東洋医学にも関心をもたれ、第44回日本東洋医学会会頭に指名されておられた。しかし、同教授は1991年定年退職後、町立病院長となられたが、翌年2月に急逝なされた。
 同門の筆者が会頭を引き受けることになった。そこで急遽仙台市の漢方に詳しい方々に集まっていただき学会の枠組みなどを相談、また矢数道明先生にも招かれて多くのことを教えられた。当時漢方専門医制度が設けられ1990年より会員数が急増し1994年には1万876名と最大となった。
 このような状況であったが、一方筆者は漢方についてはほとんど知識をもちあわせていなかった。会頭は会頭講演を担当しなければならないのであれこれ考えたが、東洋医学では糖尿病をどう理解しているかということを題に選んだ。
 筆者は、年金病院の院長が倒れ、その後任にと請われて第85回日本内科学会開催を終えた翌月より大学を定年前に退職し着任した。幸い中国から、袁群医師が留学しておられたので中医学の考え方、パラダイムを教えていただくことができた。筆者は中国の糖尿病に関する研究には以前から関心をもち、上海第二医学院の鐘学礼教授の疫学研究の論文は読んでおり、上海でお目にかかる機会もあった。このようにして中国の考え方を学ぶことになった。

3. 消渇

 消渇という言葉はわが国でも古くから用いられている。中国では、張仲景(150-219)が190年代に古訓と当時の処方を整理し「傷寒雑病論」16巻(196-204)を著し、その雑病部分が「金匱要略方論」である。日本語訳もあるが、表現が曖昧なところもあるので、上海で求めた英訳本を対照してみると、金匱要略はSynopsis of prescription of the golden chamber、傷寒論はTreatise on febrile diseases caused by coldと訳されている。消渇の記載のあるのは前者で、「男子の消渇、小便反って多く、飲むこと一斗を以って小便も一斗なるは、腎気丸これを主る」と記されている。
 蜜尿を記載したのは(675-755)で外台秘要に、「口が渇いて水を多く飲み小便も多く脂がなく麸片のように甘い味のするのは消渇である」と記している。
 中医学では、人体の胴体を横隔膜の上の部分と下の部分に分け、腹腔も上部と下部に分け、これらをそれぞれ上焦、中焦、下焦(upper, middle and lower viscera)と呼んでいる。上焦にあたるのが心、肺、心嚢、中焦には五臓の脾、肝と六府の胃と胆嚢、下焦には腎と六腑の小腸、大腸、膀胱がある。そして上、中、下の全体の機能を合わせたものが三焦である。三焦は整体、個体を意味するのものであって、解剖学的な胴体の意味ではない。五臓六腑をわかりやすく表1に示した。

表1 五臓六腑の分担機能と障害徴候の発現部位

 五臓六腑の障害は顔色や耳や目などの五官に徴候が現れるといわれ外から内を知る(従外知内)ことが行われる。五官では心臓に対応するのは舌であり、腎に対応するのは耳で、そこに徴候が現れるという。
 金時代の4大家の1人といわれた劉河間は、消渇を上消、中消、下消に分け、上消は上焦の疾患で隔消ともいい、多尿だが少食で尿は薄く、これは邪気が上焦にあることで起こり、治療は湿を流して燥を潤すこと。中消は胃であり食べると栄養はすぐに燃えるので多食になり尿は黄色。治療は熱があるので熱を下げること。下消(腎消)ははじめ尿の出が悪く尿線に勢いがなく尿は粘稠性で混濁し進行すると顔色が黒くなり、痩せて耳朶が脱水状になる。治療は血を養い熱を除き下げること。その後の補足、修正を入れたのが表2である。

表2 消渇(糖尿病)の三消

4. 近年の糖尿病の理解

 では、医学の進歩した近代では糖尿病はどのように理解されているのであろうか。中医研究院第2内科林蘭教授の論文によると(糖尿病的中西医結合論治:1-8、54-59、143-151、北京科学技術出版社、北京 1992)、図1のように説明される。

図1 消渇(糖尿病)の成因と発症機序(林蘭、一部改変)

 中医学では外因があっても内因性異常がなければ内因性疾患は発症しないと考えるので、糖尿病になりやすい先天的素因があり五臓が虚弱なことが第1の条件である。
 これに外因性因子が加わって発病するのであるが、外因性因子の第1は風・寒・暑・湿・燥・火の外感六淫といわれる6つの過酷な自然環境、気象で、これが持続すると肺機能を障害し肺が燥となり、肺は陰に属するので燥という邪気により陰が不足し肺陰虚となり、肺は上焦なので上消と分類される消渇となる。
 第2の外因は食事の不摂生(飲食不節)で食事の過剰摂取によって胃に熱がたまって脾胃の陰の不足を来たし脾胃陰虚となる。
 第3は肉体的過労(労倦)で、これは筋肉と関係している脾を障害し、脾の陰が不足して脾胃陰虚となり、中消と分類される消渇となる。
 第4の外因は房事過多(房労)で腎の陰が不足し腎陰虚になる。
 第5の外因は七情がうっ積する精神的ストレスで、七情とは喜・悲・怒、驚、恐・憂・思をいうが、このうち憂・思を除く5つを五志といい、それぞれ心・肺・脾・肝・腎に対応させている。このことから喜びも度を過ぎると心臓に悪いことになる。五志の精神的ストレスが継続すると、このような異常の精神は肝の関連なので肝陰虚となり、腎陰虚とあいまって肝腎陰虚となり、下消と分類される消渇となる。
 その詳細は省略するが、このようにエビデンスに基づかない理論で構築されている体系である。
 糖尿病の経過は北京中医学院の呂仁和教授(中医雑誌、216-219、1992年)は表3のように病期を区分している。経験した885例の糖尿病を分けると第1期 20例(2.3%)、2期 240例(27.1%)、3期 390例(44.1%)、4期150例(16.9%)、5期 85例(9.6%)となっている。

表3 糖尿病の病気(呂仁和による)
  1. 陰虚期(壮健期)
    紅舌黄苔が特徴、壮健、肥満、精力的にみえるが易疲労、食欲亢進
    2高1無:高血糖、高脂血症、常在性糖尿(-)、ストレス時に(+)
  2. 化熱傷気期(症状期)
    冷を好み暑さをさけるのが特徴。3多2小3高:多尿・多飲・多食、体力・体重減少、高血糖、高脂血症、高尿糖
  3. 燥熱傷陰血脈障害期
    燥熱により陰が障害される。舌口腔の乾燥が主症状。腰腿部倦怠、無気力、暗紅舌 これは腎の陰が障害されて経脈のめぐりが悪い現象。血糖不安定。時に合併症出現(機能代償性:抹消および自律神経障害、腎症、網膜症、冠動脈疾患)、代謝障害(ケトアシドーシス、乳酸アシドーシス、脂肪肝など)
  4. 陰陽虚、於血期(合併症中期)
    寒熱に弱く無気力、筋の易疲労・労作不能、これは於血の現象、血糖不安定、合併症(機能非代償性)
  5. 合併症重篤期
    病状篤期で積極的に治療しないと廃疾状態となる。死の恐れもある。

5. 治療

 わが国の漢法は現在中国で用いられているものとは異なっている。中国の病院の薬局には300種類ほどの薬が1つずつ棚に並べられている。ムカデといえば12、3cmの乾燥したムカデが100匹以上も引き出しの中に収まっており、薬石というように鉱石もある。わが国では東洋というと中国やインドまで包含する言葉のように思われるが、中国では日本のことを東洋と呼んでいたのである。したがって東洋医学という言葉もそのことを理解して使うべきである。
 さて、中国で現在糖尿病治療に用いられている薬剤は趙志剛、張春玲によれば次のようなものがある。

表4

金沢編、糖尿病治療・教育ヒストリー、医歯薬出版 2005年、28頁より引用

(詳細は日本東洋医学誌 44、145-158、1993 参照)

(2015年10月15日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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