26. 糖尿病と肥満
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1. 理想体重と標準体重
1960年以前は欧米では理想体重という言葉が用いられていた。現実にはどれが理想か決めようがないこと、また米国は民族が多様で大柄の人や華奢な人もいるので当時引用されたメトロポリタン生命保険会社の体重表はlarge frame, medium frame, small frameの3つに分けて身長はフィート、体重はポンドで示されていた。わが国では理想体重より標準体重という言葉が用いられ、一部では生命保険会社で使用していた体重表が用いられていた。
筆者らは標準体重を求める1つの方法として胃集団検診を行っていた長谷川昭衛博士、五味朝男博士に受検者の身長、体重計測値を利用させていただいた。図1はその体重と身長をプロットした図で、身長を1cm刻みにして体重の平均値を求めたのが図2である。
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図2をみるとy=ax+bの式になりそうなので、生命保険の体重表からそれを求めてみた。2歳から2歳刻みに求めたが表1には20歳以後の式を記した。この式で得られる体重は現在からすればわずかに少ないのではないかと思われる。これらの式から体重を求めてみると、31~35歳の165cmの男性では59.35kg(BMI 21.8)、155cmの女性では52.2kg(21.7)、56~60歳の165cm男性では60.2kg(22.1)、155cmの女性では54.6kg(22.7)という体重が得られる(当時BMIという指標はなかったが得られた数値のBMIを求め括弧内に示した)。
表1 標準体重を求める式
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2. 体重が20%オーバーならやせと思う人はいない
このようにして標準体重表を作り、これをもとに体重指数を求めた。さて体重がどれ位になると「肥っている」「やせている」と思うようになるか、これを知るために入院および外来患者について、現在自分はやせていると思うか、肥っていると思うか、あるいは普通と思うかなど5段階に分けて487名に質問し本人の体重指数とを比較してみた。その結果は表2のように、体重指数0.9以下でも肥っていると思っている人もいるが、1.20以上になるとすべて肥っていると思っている。したがって20%以上重い場合には肥満といえる。
表2 肥満およびやせ感と体重指数の関係 (487例)
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表3 糖尿病者の体重 (男 268名)
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3. 体重が10kg減少して糖尿病に気づく
糖尿病の人達に既往最大体重とそのときの年齢を聞いてみると表3のような結果であった。この調査は健診も行われていなかった1961年に行われたものである。この表をみると、血糖値が高い人達ほど最大体重からの減少が大きいことがわかる。当時は血糖検査の機会もなく、糖尿病が進行して多尿、多飲、多食となり体重が減少し三多一少の高血糖症状が顕著になり、だるい、疲れやすいなどの症状があって受診する人が大部分であった。現在のように無症状、軽症のうちに健診で発見される人はなく、自然経過で症状を訴えて医療機関を訪れたわけである。これらから見ると、最大体重になってから糖尿病がはじまり、やせはじめ、およそ10kg減少した頃に異常を自覚する例が多いということができる。
来院時の体重と既往最大体重指数との関係をみると図3のようになる。来院時には体重が減少しているのが明瞭に現れている。
図3 糖尿病者の既往最大体重時ならびに初診時の体重分布 ![]() |
4. 肥満と代謝
1969年に日本糖尿病学会で「肥満者の糖尿病」というシンポジウムが開かれわれわれも参加した。体重別にブドウ糖負荷試験をやると図4のように肥満しているほど2時間値が高く、またインスリン分泌が多いことなどがわかった。
図4 体重別にみた100gGTT時の血糖、血漿 IRI、FFAの変化 ![]() %はGTTが糖尿病型のものの頻度を示す
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5. りんご型と洋梨型
フランスのJ. Vagueは1950年代から、肥満してもすべて糖尿病になるのではなく、糖尿病や粥状動脈硬化症になりやすいのは上体部の肥満であることを指摘している。図5はVagueの著書の図であり男性肥満、女性肥満としている。わが国ではりんご型肥満、洋梨型肥満と言うのがポピュラーである。近年になり脂肪細胞からTNFαなどが放出されて高血糖になることや、肥満を是正する目的であるかのようにレプチンはじめ多くの物質が放出されていることが見出されている。
図5 糖尿病になりにくい女性型肥満(左)となりやすい男性型肥満(右) ![]() J. Vagueによる
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6. 肥満人口の爆発
現在わが国も含め全世界で肥満が急増している。わが国の男性の20歳以後のBMIの変化を生まれた年代別にみると図6のように、後から生まれた人ほど肥りやすくなっている。このために糖尿病も急増し、そしてやがて各種の動脈硬化性疾患や高血糖による失明、腎透析者の増加が予測される。現代人は肥満しないように知恵をしぼることが求められてい
図6 出生時の年代別にみた成人後の肥満度の変化(後藤原図)
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厚生省「国民栄養調査」により公表される性、年齢階級別平均身長、体重を用いて、20歳、30~39歳(30歳代、以下同じ)、40~49歳、50~59歳、60~69歳のBMIを計算した。1920年代生まれの場合は、20歳のBMIは1947~49年の3年の平均、30歳代のものは1950~59年の10年の平均(ほぼ全例が1920年代生まれとなるのは1959年のみで、他は1910年代や1930年代生まれの数値も混入している)、40歳代は1960~69年の平均、50歳代は1970~79年の平均、60歳代は1980~89年の数値の平均値で示した。1930年代生まれなど各年代についてもこれに準じて平均値を求め作図した。
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(2015年09月15日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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