19. 発病する前に異常はないか
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1.Prediabetesの研究
1970年頃まで糖尿病の発病は(仮想の)糖尿病遺伝子の有無によってきまると考えられていた。したがって生まれてから発病するまでがPrediabetesで、GTT(糖負荷試験)が正常でも何か異常があるのではなかろうかと考えられていた。1933年すでにBixによって指摘された巨大児分娩はその1つのサインというのが通説であった。
1954年にミシガン大学のS. FajansとJ. Connはコーチゾンを前日夜と当日朝に服用してからGTTを行い、GTTが糖尿病に増悪することから糖尿病を予測しうる可
1962、3年頃より名古屋大学第3内科山田弘三教授がprediabetesの研究グループを組織した。スポンサーはラスチノン(トルブタマイド)の販売元の興和新薬で、年2回位ほど名古屋に集まって研究成果を発表した。自由で活気に溢れた集会であった。prediabetic stageでも眼底所見が現れること(京府医大葛谷覚元助教授、筆者)や巨大児分娩(三村悟郎、平田幸正講師)など多くの知見が発表された。筆者は糖尿病の病期についてはCameriniの考えを参考にして表1のように考えてみた。
表1 糖尿病の進展の順序
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表2 前糖尿病状態
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また前糖尿病状態はグルココルチコイド併用GTT(CGTT)で陽性となるものと、それ以外のものとを表2のように分けた。当時はGTTで糖尿病でなくCGTTで陽性となるものはprediabetesとされていた。このような目でみると当時のCGTTの成績は表3のようであった。
表3 糖尿病患者血縁者のグルココルチコイド併用GTT陽性率
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2.夫婦糖尿病の子供
糖尿病の遺伝については1950~60年代は劣性遺伝、優性遺伝、伴性遺伝などいろいろの説が提唱された。現在のMODY、ミトコンドリヤ遺伝子異常の病態をみてもMODYは優性遺伝、ミトコンドリヤ異常は伴性とみなされる可能性が考えられる。当時多くの支持を得ていたPincusとWhiteの単純劣性遺伝説によれば、「夫婦ともに糖尿病になった人達の子供は、糖尿病になる素因を持っている」ことになるので、筆者はそのような人達を探してみた。その目でみるとその組み合わせは決して少なくないことに気づいた。秋田赤十字病院の菅原眞博士は大家族を紹介して下さり、雪深い横手盆地に除蛋白液の入った試験管を2、30本持ってGTTに出掛けたこともあった。
対象となる人達は自覚的に何も症状がなく、GTTで糖尿病になっていないか検査してほしいという人達であったので、日曜日に検査したことが多かった。当時はまだわが国でもGTTの判定基準がなく海外の文献や自分達の正常例の成績をもとに正常範囲や異常値をきめたものが多かった。筆者らは50gGTTを行っておったので2時間値120mg/dl 以下を正常とし、140mg/dl 以上を糖尿病と判定していた(当時はヨーロッパではこの基準が多く用いられていた)。その判定基準を用いると対象とした方々は年齢とともに糖尿病が増し、50歳以後は全例糖尿病と判定された。
図1 糖尿病の両親をもつ137例のGTTの成績(年齢別)
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これから両親とも糖尿病の場合にはGTTが正常であっても将来糖尿病となるので、prediabetesとみなすことができるとわかった。毎年のようにGTTを行ったが、日常生活に注意していても糖尿病に移行するのは申し訳なく、また進行を阻止する方法もないのが口惜しく思われた。
(2015年09月08日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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