2. 診断基準がないのに診断していた
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1. 尿検査は医師の仕事
糖尿病の診断基準は1955年頃まではなかった。内科診断学書にも症状と尿糖検査法のことしか書かかれていなかった。当時の内科外来では、新患患者さんには看護婦が身長、体重、脈拍数と体温を測り、新入医局員が血圧を測った。すべての患者さんにガラスのコップに尿をとらせ、新入医局員が尿を試験管にとって、ズルホサルチル酸試薬を滴下してたんぱくの有無、ニーランデル反応で糖の有無をみた。ニーランデル反応では尿糖の濃度に応じて褐色、黒色と変わり、トロンメル試験では硫酸銅の青色が黄色、褐色となり、ベネデクト試薬では図のように変色した。糖の検査ではいずれもアルコールランプやブンゼン燈で加熱して反応させてたが、試薬によって加熱する場所にコツがあった。
Benedict試験
2. 三多一少、顔貌やズボンの白点
大学病院を訪れる糖尿病患者さんは、他院で尿糖を指摘されて来院した方が多く、また症状を聞いても多飲、多尿、多食、体重減少など中国の医師たちの造語した高血糖の三多一少の症状のある人が大部分で、問診だけで診断のつくような症例であった。
中には顔をみるだけで糖尿病とわかる方もいた。長年高血糖のままでいると、多尿で水分が失われて皮膚が乾燥してカサカサになり、皮膚紅潮rubeosisのために頬が赤くmonkey faceになっているからである。1日の尿糖排泄量は50gを越えるものが多く、ときには200g以上の例もあった。尿糖含量が多い場合には、黒いズボンや靴についた尿の飛沫が乾燥するとぶどう糖が析出して白点となる。それをみるだけで糖尿病とわかった。
敗戦後の食糧不足でやせている人ばかりであったが、食糧不足が緩和されると2型糖尿病患者さんも少しずつ増えてきたが、当時としてはやはり太っている方であった。
3. 村の診断屋さん
現在はトイレが水洗式であるが、1970年以前は水洗トイレが少なく、大都会でも汲み取り式のものが普通であった。屎尿の貯槽は汲み取り屋(汚穢屋:おわいや)さんにより汲み取られ、肥料にされたので腸管内寄生虫が蔓延していたわけである。
終戦後進駐してきたアメリカの兵士たちは、強烈な臭気を発散する肥し桶には驚いて、honey bucketsとニックネームをつけて逃げていたようである。写真は苦竹キャンプの兵士がキャンプの正門前を通っていく肥し桶(こやしおけ)を積んだ牛車を撮ったものである。現在は家が立ち並んで田圃はなくなっている。
米陸軍落下傘部隊のR. Lynn Johnson氏が
1947年撮影(グラフせんだいNo.83、2000年より)
さて、その汲み取り屋さんたちは、「お宅には糖尿の人がいるよ」と教えてくれる診断屋さんでもあったのである。糖の多い尿はドロッとして特有の臭気があり黴が浮いていたりしてわかるという。1961-62年に新患の糖尿病の方々に聞いたときも汲み取り屋さんに指摘された方がなお1%あった。
このように重症の人ばかりだったので、ぶどう糖負荷試験は高血糖を確かめるために行われただけであり、稀に腎性糖尿の鑑別に役立つこともあった。
(2014年02月05日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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