Diabetic Complication Topics

『糖尿病診療ガイドライン2016』にみる
糖尿病に合併した脂質異常症の管理

横手 幸太郎 先生
(千葉大学大学院 医学研究院
細胞治療内科学講座 教授)

横手 幸太郎 先生

初出:『Diabetic Complication Topics』 No. 3(2016年2月発行)

日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン 2016』が昨年発行された。2004年の初版発行以来改訂を重ねており今回は第5版にあたる。今改訂では第4版までと異なりCQ(Clinical Question)方式を採用し、推奨グレードを2段階にするなどの変更があった。脂質異常に関しては「糖尿病に合併した脂質異常症」として章立てされているほか、細小血管症抑制に向けた介入の意義にも検討が加えられている。本ガイドライン策定委員の一人である横手幸太郎氏に、脂質異常に関連するステートメントを中心に解説いただいた。

クリニカルクエスチョン方式を採用し、実臨床での疑問に即した構成に様変わり

──第4版までのステートメント方式からCQ・Q方式に変更されたのは、どのような理由からでしょうか?

 診療ガイドラインの多くはこれまで各学会がそれぞれの形式で作成していました。しかし近年、日本医療機能評価機構のMindsが推奨する、まずクエスチョンを立てそれに対しエビデンスをもって回答するという形式が増えていますmemo 1

memo1 
Minds(マインズ)
 Minds(Medical Information Network Distribution Service)は、公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している医療情報サービス。国内の診療ガイドラインの収集、評価、提供、および作成の支援や、EBM(根拠に基づく医療)の普及啓発活動を進 めている。質の高い医療の実現を目的として、国内で策定される診療ガイドライン(医療従事者向けと患者向けの両者)をWeb上で公開している。

これは世界的な潮流です。日本糖尿病学会でも今回からこの形式を採用しました。ガイドライン策定委員から挙がってきた多数の臨床的疑問の中から特に重要と思われるものを取捨選択し、それらをClinical Question(CQ)またはQuestion(Q)として掲げた上で、ステートメント(推奨文)を提示し、その背景を「解説」としてまとめています。結果的に500ページ以上と従来よりもかなり厚くなりました。

 なお、CQとQの違いですが、前者はシステマティックレビュー(SR)を行い推奨グレードとともにステートメントを示し得るもの、後者は必ずしもSRによらずコンセンサスレベルも含むステートメントです。またCQについては、エビデンスレベルやコストなどを勘案して「強い推奨(グレードA)」または「弱い推奨(グレードB)」のいずれかの推奨グレードを、策定委員の合意率とともに付しています。

──脂質異常症は主に12章の「糖尿病大血管症」と16章の「糖尿病に合併した脂質異常症」で取り上げられていますね。

 脂質異常症が大血管症の危険因子であり、脂質管理がリスク低下に有効であることは明白です。ガイドラインでも「脂質コントロールは、糖尿病大血管症の一次・二次予防に有効である(CQ12-6のステートメント)」は推奨グレードA、合意率100%です。ただし単に脂質異常症と言ってもその病態は複雑で、一括りにはできません。脂質の種類によってその寄与度は異なりますし、臨床研究のデザインや人種によって結果が一致しないものもあります。その辺りの注意点は「脂質異常症は大血管症のリスクファクターか?(Q16-1)」の「解説」で述べています。

 一方、近年では脂質異常症と細小血管症との関連についても報告が増え、今回のガイドライン改訂でもそれらの知見を取上げています。

日本人では糖尿病に合併した高TG血症が、よりハイリスクの可能性

──まず、大血管症との関連を伺いたいと思います。「臨床研究のデザインや人種によって結果が一致しない」という点について、もう少し詳しくご説明ください。

 脂質異常症の中でも高LDL-C血症は人種を問わず大血管症の強力な危険因子ですが、高TG血症については臨床研究によってその影響に差異があります。例えば日本人糖尿病患者を対象としたJDCSではTGの対数値が1SD上がるごとに冠動脈疾患が54%増加し、LDL-Cと同レベルのリスクであることが示されていますmemo 2

memo2


 日本人の糖尿病患者ではTGがより重要な危険因子である可能性も考えられます。

──糖尿病では高TG血症の重みがより強いのでしょうか?

 LDL-CとTGは非糖尿病の場合、太陽と月のような関係と言えます。LDL-Cが非常に強いリスクなのでTGはその陰に隠れてしまいやすいのです。しかし、糖尿病の 場合は異なります。

 糖尿病はインスリン抵抗性あるいは分泌不全によりインスリン作用不足になる疾患ですが、その影響は血糖の制御が困難になるだけではなくて、リポ蛋白代謝にも影響が現れます。具体的にはリポ蛋白リパーゼの作用が不足し、主にTGが高くなります。

高LDL-C血症にはまずスタチン。他方、TGやnonHDL-Cの高値にもフィブラートで適切に介入を

――糖尿病に合併する脂質異常症への薬剤介入について教えてください。

 高LDL-C血症に対するスタチンのエビデンスは確固たるものがあり、ガイドラインも同薬を第一選択とすることをグレードAで推奨しています。その他の薬剤については、「糖尿病患者の脂質異常症に対するスタチン系以外の薬剤による治療は、CVD発症率や生命予後の改善に有効か?(CQ16- 7)」というCQがあり、それに対するステートメントは「糖尿病患者の脂質異常症に対するフィブラート系薬の投与は、非致死性CVD発症を抑制する」と「高TG血症を合併する糖尿病患者では、フィブラート系薬の投与を考慮する」の2項目で、いずれもグレードBです。そのエビデンスとして、ACCORD-LipidやFIELDといった臨床研究を「解説」で取り上げています。

 これらのガイドラインの記述を実臨床に当てはめて考えると、LDL-Cがあまり高くなくてTGが高い場合にはフィブラートファーストという選択もあり得ます。しかし実際にはガイドライン上のLDL-Cの管理目標(糖尿病あり、冠動脈疾患の既往なしで120mg/dL)を超えている患者が少なくありません。そのため、まずスタチンでLDL-Cに介入することが多いのではないでしょうか。スタチンで介入後もTG改善が不十分であれば、腎機能に注意しながらフィブラートを使うことは意味があることだと思います。

――脂質の管理目標については日本動脈硬化学会の現行ガイドラインと同じ数値を掲げていますね。

 やはり他の学会の指針との整合性を勘案しました。TGに関しては空腹時採血で150mg/dL未満です。加えて糖尿病患者の管理にはnonHDL- C(TC-HDL- C)も みていただきたいところです。nonHDL-CにはLDL-Cでは把握しきれないリポ蛋白代謝異常が反映され、大血管症リスクとの相関はLDL-C以上に高いとの報告もあります。TGが高くなるような病態では特に重要です。空腹時採血でも随時採血でも構わないという利点もあります。糖尿病患者におけるnonHDL-Cの目標は150mg/dL(冠動脈疾患の既往がある場合は130mg/dL)です。

脂質、血圧、血糖を安全に管理することが、大血管症と細小血管症の抑制につながる

――では次に、ガイドラインで取り上げられた脂質異常症と細小血管症との関連についてお聞かせください。

 例えば「糖尿病に合併した脂質異常症は細小血管症のリスクファクターか?(Q16-2)」というQがあり、そのステートメントは「高TG血症は細小血管症のリスクファクターである」と「低HDL- C血症は細小血管症のリスクファクターである」(いずれもグレードB)の2項目です。

 また網膜症関連で、「糖尿病網膜症に脂質コントロールは有効か?(CQ8-4)」というCQを取り上げています。さらに腎症関連では、「糖尿病腎症における脂質コントロールは有効か?(CQ9- 5)」に対して「糖尿病腎症における脂質コントロールは、腎機能の低下がない腎症の進行抑制に対して有効である」(グレードB)と掲げています。

 これら糖尿病に伴う脂質異常症と細小血管症の関連がガイドラインに収載された背景には、この領域に対する策定委員の関心が高まりつつあることのほかに、このような新しい話題を一般の臨床医に広く伝えるという意義もあると思います。

──大血管症だけでなく、細小血管症も見据えた脂質管理も求められつつあるということでしょうか?

 細小血管症だけを考えるのであればやはり血糖が最重要課題で、次に血圧です。しかし糖尿病患者数の増加の背景に生活習慣の欧米化があるように、好発する合併症の傾向も欧米化し、治療ターゲットとして大血管症の重要性が増してきています。そして患者の生命予後を規定するのは後者ですから、その重みを考えた場合、脂質が介入すべき最も重要なリスクとなります。脂質への適切な介入が結果として大血管症ばかりでなく細小血管症の抑制にもつながる可能性があるということだと思います。

 また、脂質への介入は安全性が高いということは言えると思います。近年の臨床研究の結果から低血糖がイベントリスクを高めることは明らかですし、過度な降圧も有害事象を増やす可能性があります。

 その意味では、脂質に関しては血糖や血圧に比べ、ガイドラインが指し示す管理目標値を、比較的達成しやすいのではないでしょうか。

 低血糖を極力回避しながらの血糖管理、過降圧に注意を払いながらの血圧管理、そしてLDL-C、nonHDL-C、TG、HDL-Cという脂質関連管理目標の達成、この三つを欠かさないことが、糖尿病患者の心血管疾患を防ぎ、QOLと生命予後を改善する上で重要なポイントと考えます。


横手 幸太郎 先生 プロフィール

千葉大学大学院 医学研究院 細胞治療内科学講座 教授 1988年 千葉大学医学部医学科卒業、同第二内科入局。東京都老人医療センター医員、ルードウィック癌研究所(スウェーデン)客員研究員。1996年 スウェーデン国立ウプサラ大学大学院博士課程修了、1998年 千葉大学大学院博士課程修了。2009年から現職。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

この記事は、糖尿病合併症ニュースレター
『Diabetic Complication Topics』に
掲載されたものです。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
提供:科研製薬株式会社
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク

2016年06月13日
SGLT2阻害薬で握力が向上 高齢者のサルコペニア対策に効果?
2016年06月10日
第76回米国糖尿病学会(ADA2016)開催間近 注目のセッションは?
2016年06月10日
足病診療の実態報告 診療科により診断・治療法・予後が異なる可能性
2016年06月09日
関節リウマチ患者の糖質コルチコイド服用で糖尿病リスクが1.48倍に [HealthDay News]
2016年06月02日
インスリン、IGF-1両受容体欠損に伴う脂肪組織の変化 [HealthDay News]
2016年06月01日
日本食で健康長寿を延ばせる 日本から世界へ「スローカロリー」を発信
2016年06月01日
糖尿病の人でも加入できる より少額の定期保険 糖尿病保険ミニ
2016年06月01日
営業成績と社会人2年目の苦悩 インスリンとの歩き方
2016年05月31日
SAP導入で生活が激変! 1型糖尿病患者さんの手記を公開
2016年05月30日
新制度「下肢救済加算」をわかりやすく解説 フットケア情報ファイル