Diabetic Complication Topics

『脳心血管病予防に関する
包括的リスク管理チャート2015』を読み解く

寺本 民生 先生
(帝京大学名誉教授、同大学臨床研究センター長、
寺本内科・歯科クリニック院長)

寺本 民生 先生

初出:『Diabetic Complication Topics』 No. 1(2016年2月発行)

日本内科学会、日本動脈硬化学会、日本医師会など13学会の共同編集による『脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート2015』が昨年公表された。リスク因子の見落としを防ぎ、それをトータルで評価して適切な介入へ結び付ける道標を示したものだ(内容は中面ページ参照)。Polyvascular diseaseの代表と言える糖尿病は正にこのような系統立てられた管理が適用されるべき疾患と言える。本チャートを中心となりまとめられた寺本民生氏に、チャート作成の意図、糖尿病患者の血管障害抑制に生かすコツなどを伺った。

──このチャート作成の意図をお聞かせください。

 糖尿病や脂質異常症、高血圧、CKD(慢性腎臓病)、肥満・メタボリックシンドロームなどは、どの診療科でも診ることになる common diseaseです。これらはいずれも脳心血管病のリスク因子であり、かつ、一人の患者さんに複数併存していることが少なくありません。そのため多くの先生方が、必ずしも専門ではない領域の疾患を含めて管理されています。一次予防の第一線におられる実地医家の先生方には、特にその負担が大きいであろうと考えられます。

 もちろん、各学会の疾患ガイドラインには脳心血管病予防の解説に多くのページが当てられていて、診療の助けになります。ただ、それらのガイドラインは各々が大部なものですから、多忙な先生方がその内容を細大漏らさず頭に入れておくことは現実的ではないと思います。また以前から、ガイドラインの内容の細部において、表現法などの不整合があることが指摘されていました。 そこで各ガイドラインのエッセンスを統合して一つの管理手順を作ろうという機運が生まれたのが、本チャート発行の背景です。

――いつごろから作成され始めたのでしょうか?

 2013年の秋ごろです。私が作成委員長を務めた『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版』に包括的リスク管理をまとめた章があるのですが、それをたたき台にして各学会からの意見を取り入れて改変し、再び各学会でご検討いただくという作業を繰り返していきました。最終的に13学会※にご賛同いただきました。オールジャパンの成果と言ってよいでしょう。これだけ多くの学会が共同で一つの指針を示すということは世界的にも初めてのことではないかと思います。

※13学会:日本内科学会、日本疫学会、日本高血圧学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本体力医学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会、日本脳卒中学会、日本肥満学会、日本老年医学会、日本医学会、日本医師会

――作成に際して注意された点は?

 なにより簡潔であることを優先し、A3用紙1枚にまとめることを目指しました。必然的に盛り込む内容を厳選することになり、たとえ医学的な妥当性があっても保険診療上の制約や検査機器が普及していないといった理由で、実臨床での施行が現実的でない項目はあえて省いています。結果として、多くの実地医家の先生方にとって使い勝手のよい内容になったと思います。

時間に追われる日常診療でリスク因子を
見逃さないために活用していただきたい

――具体的にはどのような使われ方を想定されていますか?

 本チャートの主な対象者は、特定健康診査などでリスクを指摘され精査目的で受診する患者さんです。中でも特定保健指導の対象となる範囲を超えて「受診勧奨」された方です。memo1

memo1 チャート適用の主要対象と目的
運用対象:
1.特定健康診査等で「要医療」や「受診勧奨」と判定された者
2.既に医療管理下にある患者
目 的:
1.脳心血管病リスクを正確に評価する
2.二次性・家族性疾患などを鑑別する

 そのような患者さんが受診されたら、まずチャートのStep1で脳心血管病リスクのスクリーニングを行います。この段階で専門医へ紹介する必要性を判断することも重要です。紹介せずにご自身で診察すると判断された場合はStep2以降にそってリスクを評価し介入することとなります。

 もちろんこのような工程は何も初診の患者さんだけでなく、既に医療管理下にある患者さんにも応用可能です。実際に私は現在、クリニックで診療しているのですが、定期的にこのチャートを一人一人の患者さんに当てはめ、把握すべきことを忘れていないか、二次性や家族性の疾患を見逃していないかなどを確認しています。

――スクリーニングの基本検査項目として
空腹時採血を推奨しているのはなぜでしょうか?

 現在、多くの疾患で空腹時採血値を診断基準として採用しているからです。生活習慣病である糖尿病や脂質異常症、特に高トリグリセライド血症は食後採血のほうがより日常生活に即した病態を把握できるという側面はあるものの、スクリーニングではまず空腹時の値を診ていただかなければなりません。

――Step1の項目の中には、あまり馴染みのない評価項目があるようですが...

 確かに、血漿アルドステロン濃度/レニン活性比などはまだ馴染みが少ない項目かもしれません。ただ、適切な治療により高血圧の治癒が期待できる原発性アルドステロン血症(PA; primary aldosteronism)を確実に拾い上げていただくため、ぜひ一度は評価していただきたい項目です。また、予後への影響が大きい心房細動、家族性高コレステロール血症(FH; familial hypercholesterolemia)などを見逃さないための項目も入れてあります。memo2

memo2 鑑別すべき主な疾患とその検査項目
心房細動:
脈の整・不整、心電図異常
原発性アルドステロン血症:
血漿アルドステロン濃度/レニン活性比が200を超え、かつアルドステロン濃度が120pg/mLを超えている場合
家族性高コレステロール血症:
LDL-C180mg/dL以上

――重大疾患の見逃しを防ぐ項目とは、具体的にはどのような検査でしょうか?

 心房細動のスクリーニングとして脈の整・不整を診ていただくこと、FHに関してはLDL-C180mg/dL以上の場合にしっかり鑑別していただくことなどです。これらの疾患は、薬剤の進歩もあり早期介入によって患者さんの予後を大きく改善させることができるようになってきましたので、確実に拾い上げていただきたいところです。 またCKDの重要性に関しては近年、広く知られるようになりましたが、未だ腎疾患との関連のみでとらえて尿蛋白の有無しか診ていないケースもあるようです。CKDは腎予後のリスクであることはもちろんですが、それ以上に脳心血管病のリスク因子として評価することが重要です。

――しかし特定健 康診査には尿蛋白の定性のみで
CKDを早期発見する項目が含まれていません。

 はい。しかしこのチャートは医療管理下にある患者さんを対象とするものです。せっかく医療機関を受診されたのですから、きちんと血清クレアチニン値を測り患者さんの予後改善に生かしていただきたいと思います。なお、特定健康診査も次回改訂に向けて現在、クレアチニンを入れるべきか否か、主に費用対効果の面から検討が続けられています。

――足関節上腕血圧比(ABI; ankle brachial index)については、いかがですか?

 ABI検査は既に多くの医療機関で採用されています。それほど専門性の高い検査とは言えないのではないでしょうか? ABIにはもちろん末梢動脈疾患(PAD; peripheral arterial disease)の評価指標としての側面があるものの、全身の動脈硬化性疾患'Polyvascular disease'をよく反映する指標でもあります。最も簡便に動脈硬化進展レベルを評価できるツールですから、プライマリケアでも必須に近い検査項目だと思います。memo3

memo3 ABIの判定基準
 米国心臓病学会/心臓協会の2011年版PADガイドラインでは、労作性の下肢症状を有する患者、50歳以上の糖尿病患者・喫煙者および65歳以上を対象にABI検査の施行を推奨。ABIの正常範囲は1.00~1.40で、0.90以下は異常低値とし、0.91~0.99は境界域として扱う。
〔J Am Coll Cardiol,58(19):2020-2045,2011〕

 特に、Polyvascular diseaseの代表とも言える糖尿病を診る先生方には、ABIを単に足病変のリスク評価として限定し用いるのではなく、脳心血管病リスクを把握するツールとして、できるだけ導入していただきたい検査です。ちなみに私はほぼすべての患者さんにABI検査を行い、異常値を示した場合は大学病院に紹介しています。そしてその半数に冠動脈血行再建術が施行されています。

Steno-2で示された包括的管理の重要性
を日々の糖尿病診療に生かしてほしい

――本チャートの発表から約半年経過しましたが、
これまでの反響などをお聞かせください。

 作成に携わった先生方が全国各地で講演をされる際に本チャートを紹介し、高い評価を受けているようです。私自身もよく「こんな使いやすい便利なものがあったのですか」という声をお聞きします。ただ、そういう反響があるということは、まだ十分に認知されていないということでもあります。より多くの先生方に使っていただけるよう、本チャートの存在を一層広めていかなければいけません。

 そのために、というわけではありませんが、現在、本チャートの英語版を作成中で、間もなく公開できる見込みです。最初に述べたように13もの学会が共同で作成した指針というものは海外にもありませんので、日本発の新たな取り組みとして世界に向けて評価を問いたいと思います。

――このチャートに足りない点をあえて挙げるとすると、どのようなことですか?

 Step3に掲げている治療開始前に確認するリスク因子について、私としてはスコア化したいという思いがありました。喫煙者は何点、血圧いくつ以上は何点と重み付けして、トータルの点数に応じた管理目標を示すという、よりシステマチックな仕組みです。ただ、現段階ではまだ少し難しいのではないかという意見もあり、今回は見送られました。現在、新たな疫学データが日々蓄積されていますので、将来的には可能になると考えています。

――今後、内容を改訂していくということですか?

 チャートの仕組み自体は完成度が高いものに仕上がっていると思いますので、大幅な改訂はしばらく必要ないと考えています。ただ、各疾患のガイドラインが改訂されればそれを反映していく必要はあるでしょう。

――最後に糖尿病治療に関わるドクターへのメッセージをお願いします。

 糖尿病領域には包括的管理により総死亡や脳心血管病を半減させたSteno-2というエビデンスがあります。memo4 そして糖尿病を診療されている先生方は、血糖管理だけでなく血圧やLDL-C、トリグリセライドの管理が患者さんの予後改善に欠かせないことを、既によくご存じだと思います。

memo4 Steno-2
 微量アルブミン尿期の2型糖尿病患者に対する包括的治療による予後への影響を検討したデンマークでの研究。平均7.8年の観察期間において、強化療法群(管理目標:HbA1c6.5%未満、TC190mg/dL未満、TG150mg/dL未満、血圧140/85mmHg未満)は従来療法群(同順に7.5%、250mg/dL、195mg/dL、160/95mmHg)に比し、細小血管および大血管合併症リスクが約2分の1に抑制されていた。強化療法群でHbA1cの管理目標に到達していたのはわすが15%であり群間差が少なかったことから、イベント抑制は血圧と脂質の管理によってもたらされたと解釈されている。また、研究終了後に平均5.5年(計13.3)年追跡したところ、総死亡も旧強化療法群で半減していた。
〔N Engl J Med,348:383-393,2003〕
〔N Engl J Med,358:580-591,2008〕

 問題は、そのことを普段の多忙な状況で常に意識できているかという点です。例えばトリグリセライドが200mg/dLを超える糖尿病患者さんを診たとします。そのとき「糖尿病があるし随時採血だから仕方ない」で終わらせず、一度は空腹時で採血し他の危険因子を評価して、介入すべき対象を見逃さないでいただきたいです。本チャートをお手元に置き、ぜひ診療の一助としてご活用ください。

『脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート2015』の概要

チャートとその解説はすべて日本内科学会のサイトからダウンロードできる。
ダウンロードページヘ(日本内科学会のサイトへ) ▶

以下はチャート部分からの抜粋。

寺本 民生 先生 プロフィール

1973年 東京大学医学部医学科卒業。同大附属病院、日立総合病院などを経て、1980年 シカゴ大学留学。帰国後の1991年 帝京大学第一内科助教授、1997年 同教授。2013年から同大名誉教授および臨床研究センター長、寺本内科・歯科クリニック院長。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

この記事は、糖尿病合併症ニュースレター
『Diabetic Complication Topics』に
掲載されたものです。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
提供:科研製薬株式会社
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク

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