糖尿病合併症 最前線

網脈絡膜循環からみた糖尿病網膜症・黄斑浮腫の治療戦略

長岡泰司 先生(旭川医科大学医学部眼科学教室准教授)

長岡泰司 先生

初出:『糖尿病合併症 最前線 SEASONAL POST』 Vol. 7 No. 2(2015年9月発行)

単純網膜症のない段階で、既に、網膜の血流量が低下している

──網膜循環は糖尿病網膜症と、どのような関係があるのでしょうか?

 網膜は人体で最も酸素消費量が多い組織であり、網膜細小血管は網膜の栄養や代謝産物の除去を担っています。糖尿病の特異的合併症は全身の細小血管障害とされ、網膜症はその典型と言えます。ですから網膜細小血管の障害を評価することで網膜症という病態の本質がわかると考えられます。我々はその手段として、特に循環障害に着目しています。

──どのように網膜循環を測定するのでしょうか?

 古くから網膜の動脈と静脈の径の比を求めて循環動態を推測するという手法が存在します。ただ、血流量は〔血管径と血流速度の積〕で規定されるものなので、この手法では血流量の評価はできません。一方、我々が用いている眼科用レーザードップラー血流計は、20年以上前に発売された機器ではあるものの、血管径と血流速度を測定でき血流量を絶対値として把握できます。たいへん重宝しているのですが、保険償還が付かなかったこともありあまり普及せず、既に販売が中止されています。いまこれを使って網膜循環を研究できるのは世界でも我々を含めて数施設という状況です。

──糖尿病網膜症の患者さんは実際に網膜循環が障害されているのでしょうか?

 はい。我々は日本人2型糖尿病患者を対象とする検討で、単純網膜症レベルであっても健常者に比して有意に網膜血流が低下していることを報告しています(図1)。横断研究ではありますが、この検討で特に強調したい点は、2型糖尿病患者では網膜症のない段階であっても既に、有意に網膜血流が低下しているという点です。
 現在、眼底検査で単純網膜症の所見が認められた時に初めて「網膜症あり」と診断していますが、それより以前に網膜循環は異常を来している患者さんが存在するということです。
 となると、その段階を早期診断し網膜循環を改善できれば糖尿病網膜症の予後がもっと良くなるのではないか、という治療戦略がみえてきます。

──しかし、限られた施設でしか測定できないという点がネックでは?

 多くの方から同じ指摘を受けます。そこで我々は今、企業と協力しOCT技術を利用した新しい網膜血流測定装置(ドップラーOCT)を開発しており、もう一歩のところまできています。また最近臨床応用されたものとして、OCTアンギオグラフィがあります。これは測定結果が絶対値で示されず、あくまでも定性的な評価にとどまりますが、血流信号の有無から血管像を得ることにより、非侵襲で繰り返し評価できます。蛍光眼底検査と異なり造影剤が必要ないこともメリットです。現在急速に普及しつつあり、眼科領域のトピックの一つになっています。
 このような機器により網膜循環を評価することが臨床に定着すれば、そこから得られる情報は飛躍的に増えることでしょう。そして網膜症への介入法も大きく変化してくるのではないかと思います。

網膜血管の出血がある状態を'単純'網膜症と呼ぶが、より早期に介入し、腎症のように寛解を目指す治療戦略が網膜症にも必要ではないか

──単純網膜症の発症よりも先に網膜循環が低下しているのであれば、病期分類にステージを一つ追加するという話になってきますね。

 そうかもしれません。眼底検査で点状出血や毛細血管瘤が認められるようになるまで「単純網膜症」と診断できない現状は、テクノロジーの限界によるものだと言えます。
 そもそも網膜血管から自然に出血するという現象は正常であればまず起こらない、極めて異常な血管障害を反映しています。疾患としてとても'単純'と言えるような状態ではありません。そのような所見が診られるようになるよりずっと前から病的な変化が起きていると考えるほうが妥当です。
 同じ糖尿病の合併症でも内科領域では、例えば腎症について、微量アルブミン尿を測定できるようになったことで「早期腎症」というカテゴリーが定着し、早期診断・治療に大きく寄与しています。それにより、かつて腎症は不可逆的であり発症後の治療目的は進行抑制とされていたものが、近年では改善や寛解を目指すようになりつつあると聞いています。
 ところが眼科医の実感として、網膜症が寛解するという概念はまだ馴染みがありません。それだけ眼科医は、網膜症の長い経過の末期に近い期間にしか病変を検出できていないのかもしれません。

網膜症の初期に介入できるのは内科医。
内科の先生方には薬剤選択の際、ぜひ網膜循環への作用も意識していただきたい

──単純網膜症よりもさらに前に網膜症を診断したとして、どのような治療介入が想定されますか?

 我々はやはり網膜循環という視点から研究を重ねていて、基礎実験では網膜血流を増加させる薬剤を複数見出しています。それらは既に内科臨床で広く用いられている薬剤ですから、適応があれば今すぐにでも処方が可能です。ただ、眼科医にとって実際に処方するハードルは全身への副作用の問題もあり、低くありません。

──網膜循環を改善する薬剤がわかっていても、眼科では処方できない?

   眼科医が使いやすいように投与経路を点眼に変更したとしても、点眼では有効濃度の薬剤を網膜に到達させることは難しいと思います。結局、内服ということになり、現実的には内科の先生方の処方に頼らざるを得ません。
 しかも現状において糖尿病患者さんが眼科医に送られてくるのはレーザー治療等、侵襲的治療が必要になってからのことが多く、予防的介入の機会を逸していることが少なくありません。それだけに我々としては内科の先生方に網膜循環改善の意義をご理解いただけるよう、情報を積極的に発信していく必要があると感じています。

一部のスタチンやフィブラートで認められる網膜循環への影響はクラスエフェクトではない可能性も

──網膜循環改善作用がある既存薬とは、具体的にはどのような薬剤でしょうか?

 ブタ網膜摘出血管を用いた我々の検討では、シンバスタチン、フェノフィブラート、ピオグリタゾンなどの有意な血管拡張作用を確認しています。スタチンについてはシンバスタチン以外にもテストしていますが、面白いことに網膜血管には何の変化も起こさないものもあり、シンバスタチンでみられた作用は決してスタチンのクラスエフェクトというわけではないようです。
 フェノフィブラートについてはFIELD(図2)とACCORD-Eye(図3)という二つの大規模スタディで網膜症の有意な抑制が報告されていて、我々の基礎研究の結果と矛盾しません。フェノフィブラートによる網膜血管拡張作用は用量依存的で、NO合成阻害薬の前投与や血管内皮剝離モデルでは減弱します。よって同薬は内皮由来のNO産生を刺激する経路で網膜循環を改善し、それが大規模スタディの結果の一因ではないかと推測しています。

細小血管内皮機能を改善することが血管透過性亢進を抑制し、黄斑浮腫の改善にもつながる

──FIELDでは網膜症だけでなく、黄斑浮腫に対しても、フェノフィブラートの影響が報告されています。それはどのように説明されるのでしょう?

 確かに網膜症は循環障害が主因とされているのに対して黄斑浮腫は血管透過性亢進が主因であり、そうであればFIELDでフェノフィブラートが黄斑浮腫をも抑制した背景を、循環改善だけで説明するのは困難に思われます。しかし、黄斑浮腫の病態にもP<0.001やはり循環障害の関与があるとも考えられます。
 黄斑部の中心窩網膜は無血管で脈絡膜循環によって栄養されていますので、我々は特殊な装置で中心窩脈絡膜の血流を調べてみました。すると黄斑浮腫の出現に伴い血流量の低下がより顕著になることがわかりました(図4)。血流量低下は内皮のNO産生低下を示唆していて、それはつまりバリア機能も含めた内皮機能全般が障害されていることを反映しているものと考ています。

──網膜循環障害と血管透過性亢進は別々に起きているものではないということでしょうか?

 詳細なメカニズムはまだ不明な点が少なくありませんが、我々はまず内皮機能の低下がプライマリーにあり、そこから血流低下とバリアの破綻が起きてくるのではないかと考えています。内皮機能の改善が薬剤で得られれば血管透過性亢進もある程度防げ、黄斑浮腫も抑制できるのではないかと考えます。
 ただ、フェノフィブラートについて言えば、同薬はACCORD-Eyeでシンバスタチンへの上乗せにより有意な網膜症の進展抑制が示されました。双方の薬剤ともに脂質改善薬であり、かつ、さきほど述べたようにシンバスタチンにも網膜循環改善作用があることから考えると、フェノフィブラートの網膜や黄斑に及ぼす影響は脂質低下や循環改善だけでなく、それらとはまた別の機序、例えば抗炎症や抗酸化などを含む多面的作用がトータルで影響している可能性もあります。

網膜微小循環の定量的評価を眼科と内科の'共通言語'にして血管合併症のエビデンスを集積していきたい

──網膜循環からのアプローチは、網膜症の早期から行うほど効果が期待できそうですね。

 はい。細小血管内皮機能を改善する薬剤は、虚血や浮腫が顕著になる前の段階でより効果を発揮すると思います。もちろん厳格な血糖コントロールが大前提ですが、眼科医が光凝固や硝子体手術を行うよりもずっと以前に用いるべきです。となると先ほどの話に戻り、やはり内科の先生方に「網膜循環についても意識していただきたい」というお願いになります。一例を挙げると、脂質異常症を併発した糖尿病患者さんの脂質に介入するのであればシンバスタチンやフェノフィブラートを考慮していただくといったことです。
 もちろん眼科医も内科と連携し、もっと早期から予防的治療に関与していかなければなりません。網膜症の外科的治療は確かに著しく進歩し、我々の所に送られてきた進行した段階からでもレーザーや硝子体手術で失明を免れ得るケースが増えていますし、黄斑浮腫に対する抗VEGF薬の登場で視力改善ができる時代になりました。しかし、網膜の生理や黄斑浮腫の懸念を考慮するなら当然、レーザーで網膜を凝固する範囲や回数は少ないほうがよく、また医療コストを無視できない昨今、早期予防的介入により高価な抗VEGF薬の投与も減らせる可能性があります。

──ドップラーOCTが登場すれば、眼科 内科の連携の推進にも役立つのでは?

 そうなることを期待しています。網膜循環の定量的評価が可能になれば眼科と内科の '共通言語' ができ、眼底所見だけで病期分類している現状より格段にディスカッションが深まると思います。今でも網膜症と心血管疾患や腎症が相関することがトピックになっていますが、それらの関係もより詳細に検討できるようになるでしょう。臨床において、網膜循環を定期的に検査しその推移から網膜症以外の合併症リスクを数値で内科医に伝えるということも、眼科医の新たな役割になるかもしれません。
 血管を直視できる唯一の方法として長い歴史のある眼底検査ですが、前述のドップラーOCTなどの新しいテクノロジーにより「網膜から全身を診る」ことの意義を一段と進化させて、新たなエビデンスを構築していきたいと思います。そのためにも内科の先生方とより密に情報共有させていただくことが重要と考えています。

長岡泰司 先生 プロフィール

1994年 旭川医科大学医学部卒業、同大学眼科学教室入局。名寄市立総合病院、釧路市立総合病院に勤務。2000年 旭川医科大学大学院医学研究科修了。2001年 旭川医科大学眼科助手、2005年 テキサス A&M大学Research Scientist、2007年 旭川医科大学眼科講師。2013年から現職。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク
提供:科研製薬株式会社

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