膵β細胞の時差ぼけが糖尿病を引き起こす 生体リズムと糖尿病の関係性とメカニズムを解明

 山口大学の研究グループが、時計遺伝子ネットワークからのシグナルの低下により、インスリン分泌不全が起きることを解明した。シフトワーカーや睡眠障害、体内時計(生体リズム)を乱す生活習慣がどのようなメカニズムで耐糖能障害をきたすのかを明らかにすることで、糖尿病の新たな治療法の開発が期待できる。
体内時計(生体リズム)の異常が耐糖能障害を引き起こす
 研究は、山口大学大学院医学系研究科の太田康晴准教授、田口昭彦助教、谷澤幸生教授らの研究グループによるもので、科学誌「EbioMedicine」にオンライン版に3月30日付けで公開された。

 重度の糖尿病をきたす稀な疾患であるWolfram症候群は、WFS1という遺伝子の変異により発症する。Wolfram症候群では、全身の細胞特に膵β細胞において、小胞体ストレスが増加しており、それに伴って膵β細胞の機能と量が低下することが、糖尿病をきたす病態のひとつであると考えられている。

 膵β細胞は、小胞体ストレスに脆弱な細胞であり、膵β細胞における小胞体ストレスは、Wolfram症候群の病態だけでなく、高脂肪や高血糖でも増加し、2型糖尿病の発症や進展にも関与していると考えられる。

 2型糖尿病の発症や進展には、環境要因も非常に重要であり、体内時計(生体リズム)に異常をきたすような生活習慣は重要な環境要因のひとつと考えられる。その根拠として、シフトワーカーが糖尿病になりやすいことを示す疫学的データや時計遺伝子ネットワークの入力にあたるコア時計遺伝子の遺伝子改変マウスが耐糖能障害をきたすことが報告されている。

 研究グループはまず、小胞体ストレス増加が、時計遺伝子の出力に異常をきたすと考えた。さらに、同様の時計遺伝子異常が起きることを想定して作製した遺伝子改変モデルマウスがインスリン分泌不全を主体とした明らかな膵β細胞機能不全をきたすことを確かめた。

 小胞体ストレスはさまざまなところで膵β細胞機能不全に関わっていることから、小胞体ストレスと時計遺伝子とのクロストークの存在が明らかになると、Wolfram症候群のみならず2型糖尿病の発症や進展において時計遺伝子が広く関与している可能性が高くなる。

 時計遺伝子異常は、小胞体ストレスを介さず、生活習慣の問題から生じる場合もある。今回作製したマウスモデルの解析によって、時計遺伝子異常をきたす生活習慣が、どのようにメカニズムで耐糖能に影響を及ぼすのかが明らかになった。
小胞体ストレスの増大により膵β細胞の時計遺伝子は変化
 研究グループは、WFS1欠損マウスに軽度の過食によって肥満をきたすAgouti yellow遺伝子(Ay)を賦与すると、顕著なインスリン分泌不全とともに重度の糖尿病を呈することを確認。

 このマウスでは、小胞体ストレスマーカーであるCHOP(遺伝子名Ddit3)が上昇していると、同時に、出力系時計遺伝子であり、D-boxに対し転写促進的に働くDBPが減少し、同じD-boxに対し転写抑制的に働くE4BP4が増加していた。

 膵β細胞の腫瘍株であるMIN6細胞ならびに単離膵ラ氏島に小胞体ストレスを惹起する薬剤を添加したところ、やはりDBPの発現増加とE4BP4の発現の低下が認められた。
膵β細胞特異的E4BP4過剰発現マウスの作製
 研究グループ次に、小胞体ストレスが膵β細胞機能不全を引き起こす過程で、DBPの転写活性化シグナルは極めて重要な役割を担っているのではないかという仮説のもと、DBPシグナルが膵β細胞特異的に抑制されているようなマウスを作製した。

 通常であればノックアウトマウスの作製を試みるところだが、DBPを欠損させてもTEF、HLFといった分子が代償的に働くことがすでに報告されているため、転写抑制因子であるE4BP4を過剰発現させることを着想した。

 さらに、インスリンプロモーター下でE4BP4を発現するコンストラクトをマイクロインジェクションすることにより、トランスジェニックマウス(MIP-E4BP4マウス)を作製した。
MIP-E4BP4マウスは顕著なインスリン分泌不全を伴う耐糖能障害を呈する
 MIP-E4BP4マウスに経口ブドウ糖負荷試験を行うと、顕著なインスリン分泌不全を伴った明らかな耐糖能障害が認められた。さらに膵灌流実験による詳細なインスリン分泌の解析を行ったところ、インスリン分泌量の低下のみならず分泌反応の遅延も認められた。

 このインスリン分泌不全の病態は、ヒトにおける糖尿病発症前あるいは発症初期のインスリン分泌異常の病態と非常によく似ている。
MIP-E4BP4マウスの膵ラ氏島細胞内ATP/ADPは恒常的に高い
 MIP-E4BP4マウスのインスリン分泌不全にメカニズムの解析は、ヒトの糖尿病の初期の病態のメカニズムの解明につながる可能性が高いと考えられる。研究グループはまず、MIP-E4BP4マウスには膵β細胞のグルコース代謝に異常があるのではないかと考えた。

 高グルコース刺激前後で、野生型マウスの単離膵ラ氏島ではATP/ADP比が約2倍に増加するのに対し、MIP-E4BP4マウスの単離膵ラ氏島では、全くこの比が増加しないことが判明。グルコース刺激前(ベーサル)のATP/ADP比を観察したところ、野生型マウスではZeitgeber Time 12を最小値とした概日リズムが存在していることが分かった。

 一方、MIP-E4BP4マウスでは、このリズムが消失し、ほとんどの時間帯で野生型マウスのATP/ADP比よりも高値であることが分かった。

 野生型マウスの膵β細胞は、摂食時間の前にベーサルのATP/ADP比を下げておくことによって、摂食した時の速やかなインスリン分泌を可能にしているが、MIP-E4BP4マウスの膵β細胞はこのような準備ができていないために速やかなインスリン分泌がでくなくなっていると考えられる。
インスリン分泌関連する遺伝子の発現には概日リズムが存在する
 膵ラ氏島において、インスリン分泌に関連する遺伝子の多くは、摂食時間の開始点であるZT12向けて、mRNAの発現が増加していき、ZT12からZT16で最大値になる。夜行性であるマウスのDBPの転写活性はZT12であるため、一見したところ、インスリン分泌関連遺伝子の発現はDBPの転写活性の影響を強く受けているように見える。

 DBPの転写活性が恒常的に抑制されているMIP-E4BP4マウスの膵ラ氏島では、ZT12〜16にかけてのこれらの遺伝子のmRNAの発現増加が不十分であることが判明。

 この観察結果から、インスリン分泌に関連する分子の転写にも概日リズムが存在し、この調節に出力系の時計遺伝子DBP、E4BP4が重要な役割を担っている可能性が高いことが示された。
DBP、E4BP4は摂食時間帯での速やかなインスリン分泌の準備状態の形成に重要な役割をもつ
 夜行性であるマウスの膵臓を含む末梢組織では、DBP mRNAの発現はZT12で最大、E4BP4 mRNA発現はZT12で最小となる。つまりこの2つの分子が協調的に作用することによって、D-boxに対するシグナルは、ZT12で最大、ZT0で最小となるが、その差は、膵ラ氏島では100倍前後になることが予想される。

 MIP-E4BP4マウスの膵β細胞ではE4BP4が恒常的に過剰発現されているため、D-boxに対するシグナルは恒常的に抑制されていることが想定される。

 このような状態を作ると、膵β細胞の代謝、そしてインスリン分泌に必要な遺伝子の転写に異常が起こり、インスリン分泌不全をきたすことが明らかになった。
全身の代謝と体内時計との関連性を明らかにし新たな糖尿病治療法を開発
 研究グループは、DBP転写活性をfine tuningするという発想によって、糖尿病の治療概念に新たな側面を加えられると指摘している。朝食をしっかり摂る、そして、夜遅い食事はなるべく避けるといった生活習慣の改善がDBP活性のfine tuningのひとつの方法になる。

 またD-boxを活性化するようなコンパウンドが開発できれば、極めて斬新な糖尿病治療薬になりうる可能性がある。今後は、肝臓など他の代謝組織におけるDBP、E4BP4の役割についても検討していくことを計画しており、最終的には全身の代謝と体内時計との関連性をさらに明らかにし、それに根ざした新たな糖尿病治療の開発を目指している。

山口大学大学院医学系研究科
[Terahata]

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