肥満によるインスリン抵抗性の新しい分子メカニズムを解明 理化学研究所

2018.11.16
 理化学研究所の研究チームは、パルミチン酸存在下において、Gタンパク質共役受容体(GPCR)のひとつの「GPRC5B」と細胞膜構成脂質であるスフィンゴミエリンの合成酵素「SMS2」の相互作用が、「インスリン抵抗性」を誘導することを明らかにした。

パルミチン酸がインスリン抵抗性を引き起こす

 研究は、理化学研究所開拓研究本部佐甲細胞情報研究室の平林義雄客員主幹研究員、脳神経科学研究センター神経細胞動態研究チームの金然正研究員、細胞機能探索技術研究チームのグレイメル・ペーター専任研究員らの研究チームによるもの。詳細は米国のオンライン科学雑誌「iScience」に掲載された。

 2型糖尿病の原因のひとつである「インスリン抵抗性」は、最近の研究では、高脂質食に含まれるパルミチン酸のような飽和脂肪酸によって引き起こされることが分かっている。

 平林義雄チームリーダー(当時)らは2012年に、マウスを用いた実験で、脂肪細胞表面に分布するGタンパク質共役受容体(GPCR)の一種である「GPRC5B」がインスリン抵抗性に深く関わっていることを突き止めていた。

 肥満などが原因でインスリン抵抗性が引き起こされるメカニズムには不明の点が多い。研究チームは今回、GPRC5Bの機能を詳しく調べることで、パルミチン酸が引き起こすインスリン抵抗性の分子機構の解明に挑んだ。

GPRC5Bが生理活性脂質DAGの産生制御に関わる

 Gタンパク質共役受容体は、細胞表面に発現して、Gタンパク質を介して細胞外シグナルを細胞内に伝達する膜タンパク質。多くの疾患に関与しているため、新薬開発の主要な標的とされている。

 このうち、クラスCのGPCRは、グルタミン酸受容体およびGABA受容体など、脳の生理機能に重要な受容体が集まっている。GPRC5Bは、細胞の形質膜やゴルジ体、また細胞外分泌小胞(エクソソーム)に分布する。

 研究チームはまず、GPRC5Bの機能とインスリン感受性との関係を調べた。パルミチン酸は、細胞内のさまざまな脂質の性質や量の変動をもたらす。その代表的なものに生理活性脂質であるセラミドの蓄積があり、セラミド蓄積はインスリン抵抗性の直接的な原因として考えられている。

 セラミドは、「スフィンゴミエリン合成酵素2(SMS2)」により、細胞膜の主な脂質成分であるスフィンゴミエリン(SM)に変換される。研究チームは、GPRC5B遺伝子を欠損したマウス線維芽細胞を作製し、野生型細胞とGPRC5B欠損細胞に、それぞれパルミチン酸を添加し培養した。その結果、GPRC5B欠損細胞ではセラミド蓄積が見られず、野生型細胞に比べてインスリン感受性が高いことが分かった。

 SMS2遺伝子を欠損した細胞にパルミチン酸を添加し培養したところ、セラミドが蓄積したにもかかわらず、インスリン抵抗性は見られなかった。高脂質食に含まれるパルミチン酸が及ぼす細胞脂質代謝の変動を調べたところ、GPRC5BがSMS2を介して、生理活性脂質ジアシルグリセロール(DAG)の産生制御に関わることを突き止めた。

GPRC5BとSMS2が新たな標的に

 GPRC5BとSMS2が相互作用すると、リン酸化酵素FynによりSMS2のリン酸化が促進される。Fynは、リン酸化酵素のSrcファミリーチロシンキナーゼの一種で、細胞の増殖および情報伝達システムに重要な役割を担っている。

 そこで、細胞培養液にパルミチン酸を添加し培養後、GPRC5BとSMS2の相互作用を共鳴蛍光エネルギー移動(FRET)法で調べた結果、それらの相互作用が強まることが示された。また、リン酸化酵素Fynを動員しないGPRC5B変異体を発現する細胞にパルミチン酸を添加し培養したところ、SMS2リン酸化の促進は見られなかった。これらの結果から、パルミチン酸が存在するとGPRC5BはFynを動員することで、SMS2のリン酸化を促進することが分かった。

 SMS2は本来不安定で壊れやすいタンパク質だが、リン酸化されると安定する。その結果、SMS2により産生されるDAGの量が増大して、インスリンの作用が阻害される。パルミチン酸存在下において、GPRC5BはSMS2の発現を増大させることでDAGの量が増加し、その結果、SMS2のリン酸化が進み、インスリン抵抗性が誘導されるという新しい分子メカニズムが明らかになった。

 これまで、飽和脂肪酸によるインスリン抵抗性は、主にセラミド蓄積が直接的な原因であるとされてきたが、今回の研究により、SMの生合成とその反応過程で生じる生理活性脂質DAGが重要な役割をすることが明らかになった。

 「GPRC5BとSMS2が肥満を原因であり、疾患の新たな標的であることが示された。今後の新しい予防・治療法の開発に貢献できる可能性がある」と、研究チームは述べている。
理化学研究所開拓研究本部
GPRC5B-mediated sphingomyelin synthase 2 phosphorylation plays a critical role in insulin resistance(iScience 2018年10月26日)

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