腎障害バイオマーカーL-FABPとAKI

2015.06.25

第79回 日本循環器学会 年次学術集会(ランチョンセミナー51より)

 腎機能評価のデファクトスタンダードとして、血清クレアチニンが古くから用いられてきている。しかしGFRの低下と血清クレアチニン上昇にはタイムラグがあり、急性腎障害(AKI)ではこれが大きな問題となる。一方、2011年に保険収載された新規バイオマーカー「尿中L-FABP」は、AKIの早期診断やリスク評価のみならず、患者の予後予測にも有用との知見が蓄積されてきている。
 本セミナーでは、人口の高齢化に伴い増加が著しいAKIの管理における尿中L-FABPの可能性を、東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科/血液浄化療法部准教授の野入英世氏に講演いただいた。

循環器関連のAKI発生頻度は敗血症性AKIを上回る

 人口の高齢化に伴いAKI(急性腎障害)の増加が海外で報告されているが、国内での実態を示す疫学データは意外に少ない。そこで我々はDPCデータを用いて検討してみた。

 2011年の1年間に全国から収集されたDPCデータから、ICUに3日以上入室しCRRT(持続的腎代替療法)を施行された患者を抽出し、ICU入室前からの末期腎不全と、肝不全や膵炎による症例を除いたところ、6,478例が該当した。やや粗い手法ではあるが、CRRTを要する重症例に限っても国内で毎年この程度AKIが発生しており、臨床でよく遭遇する現象であることがわかる。

 予想外だったのはCRRT開始の原疾患である。ICUでCRRTを行うケースとしては敗血症が多いイメージがあるが、実際には循環器関連の入院が最も多かったのだ。しかも内科的治療の患者が多数を占めており、その死亡退院率も高率であった(図1)。

図1 DPCデータからみたAKI

2011年1年間のDPCデータから、ICUに3日以上入室しCRRT(持続的腎代替療法)を施行された患者は6,478例であり、循環関連の内科患者が最も多く、その死亡退院率は高かった。図中の赤字はその該当患者の死亡退院率を示す。

図1 DPCデータからみたAKI

〔Iwagami M,Noiri E,et al.J Crit Care 30(2):381-384,2015〕

血清クレアチニンによるAKI診療には限界がある

 このような転帰不良のAKIを、腎機能が顕著に低下する前に見出だし積極的介入につなげることが、バイオマーカーの使命だ。腎機能バイオマーカーのゴールドスタンダードは血清クレアチニンだが、不十分な点も多い。例えばeGFRが突然90mL/分から10mL/分に低下しその状態が7日間持続したと仮定すると、血清クレアチニンは第一病日から約1週間かけて1mg/dLから7mg/dL前後へとゆっくり上昇する。これではタイムリーな治療はできない。

 このような背景から、よりearlyなバイオマーカーの探索が続けられた結果、腎虚血に伴い尿中に発現するL型のfatty acid binding protein「L-FABP」が同定された。腎移植時の虚血時間と尿中L-FABPの相関をみた我々の検討では、両者はR 2 =0.9152と極めて密接に相関することが確認された。その後、ヒト型L-FABPのトラスジェニックマウスが開発され、我々を含め多くのデータが報告されているので、そのいくつかを紹介したい。

次は...L-FABPは軽度の組織障害であっても、極めて初期から検出可能

L-FABPは軽度の組織障害であっても、極めて初期から検出可能

 AKIのモデルとして虚血再灌流により腎障害を誘発したマウスを用い、虚血時間と再灌流後の経過時間ごとに、BUN、NAG、L-FABPを比較したところ、BUNは30分間虚血し再灌流後24時間経過して初めて有意に上昇していた。NAGはそれより短時間の虚血および再灌流後経過時間で有意な上昇がみられたが、L-FABPはさらに鋭敏に変化していた(図2)。

図2 腎虚血強度とバイオマーカー

虚血再灌流により腎障害を誘発したマウスの、虚血時間および再灌流後経過時間別にみた各種バイオマーカーの変化。

図2 腎虚血強度とバイオマーカー

〔Negishi K,Noiri E,et al.Am J Phathol 174(4):1154-1159,2009〕

 同様の手法でシスプラチンによる腎毒性を検討した場合もL-FABPが最も鋭敏であり、用量依存的かつ経時的に上昇した(図3)。

 続いて、L-FABPの上昇が実際に腎組織の障害を反映したものであるのかを顕微鏡所見と比較検討したところ、L-FABPが有意に上昇しているモデルでは、腎の構造的損傷を表す指標であるATNスコアが、虚血時間やシスプラチンの用量に依存して上昇していることが確認された。

図3 腎毒性強度とバイオマーカー

シスプラチンにより腎障害を誘発したマウスの、シスプラチン投与量および投与後経過時間別にみた各種バイオマーカーの変化。

図3 腎毒性強度とバイオマーカー

〔Negishi K,Noiri E,et al.Am J Phathol 174(4):1154-1159,2009〕

NSAIDs腎症を早期に検出できる可能性も

 では、L-FABPは腎障害をどの程度早期に検出できるのであろうか。シスプラチンを投与したマウスを72時間後に解剖し確認した腎障害を、BUNはシスプラチン投与48時間時点の有意な上昇で予測できたの対し、L-FABPは投与12時間時点から有意に上昇し、24時間時点のL-FABPからは極めて高い感度・特異度で72時間後の腎障害を予測できることがわかった(図4)。

図4 各種バイオマーカーのAKI予測能

マウスにシスプラチンを投与し24時間経過した時点で各種バイオマーカーを測定し、投与72時間後のAKI発症予測能を比較。

図4 各種バイオマーカーのAKI予測能

〔Negishi K,Noiri E,et al. Am J Phathol 174 (4): 1154-1159, 2009〕

 薬剤性腎症の関連でもう一つデータを提示する。セレコキシブは安全性の高いCox-2阻害薬として知られているが、hight doseでは腎障害を来すことがある。図5はマウスにセレコキシブを投与した後のL-FABPの推移であるが、レスポンダーの場合、24時間後から1週間後に高値を示した。この結果がそのままヒトに当てはまるとは言えないものの、臨床でNSAIDsを処方する機会は非常に多いことから、処方開始後の再診でL-FABPが高い患者に遭遇した場合、やや注意が必要なのかもしれない。

図5 L-FABPによるNSAIDs腎症の検出

マウスにセレコキシブ投与後、レスポンダー群では24時間後にL-FABPは著明に上昇した。

図5 L-FABPによるNSAIDs腎症の検出

〔Tanaka T,Noiri E,et al. Nephron Exp Nephrol 108 (1): e19-26,2008〕

次は...L-FABPが15μg/gCr以上なら造影剤腎症に注意が求められる

L-FABPが15μg/gCr以上なら造影剤腎症に注意が求められる

 基礎の話が続いたのでここからは臨床に目を向けてみる。AKIにおけるL-FABPの有用性は、我々が2008年に海外のグループと共同で報告したものが嚆矢であろう。小児人工心肺手術39症例について、手術前、術後4時間、12時間の尿を用いL-FABPとAKI発症の関連を検討したものだ。結果は、AKIを発症した群は術後4時時点で既にL-FABPがAKI非発症群より有意に高値であり(図6)、AKI診断予測能をROC解析したところAUC0.81を示した。

図6 術後AKIを来した症例のL-FABPの変動

小児心肺バイパス術後にAKIを来した患者群は、術後のL-FABPが有意に高値だった。

図6 術後AKIを来した症例のL-FABPの変動

〔Portilla D,et al.Kidney Int 73:465-472,2008〕

 ところで循環器の先生方にとってより身近な懸念はCIN(造影剤腎症)だろう。図7は新松戸中央総合病院の中村先生らの報告だが、CINを来した群は投与24時間後L-FABPが有意に高値であり、非CIN群との差は一目瞭然である。

 さらにこのデータから見逃せないことは、CIN群は検査の前日の時点で既にL-FABPが高値であり、群間に有意差があるという点である。このことから、L-FABPが10あるいは15μg/gCrを越えているような症例では、造影剤使用に際し相当注意すべきと言えるだろう。

図7 造影剤腎症を発症した症例のL-FABPの変動

造影剤腎症(CIN)を発症した群は、投与後のL-FABPが有意に高値だった。

図7 造影剤腎症を発症した症例のL-FABPの変動

〔Nakamura T,et al.Am J Kidney Dis 47(3):439-444,2006〕

L-FABPは敗血症性AKIの生命予後予測にも用いられる

 以上、腎機能マーカーとしてのL-FABPのデータを紹介してきたが、少し視点を変え他のエンドポイントでの検討にも触れてみたい。

 東大病院と新松戸中央総合病院に敗血症性AKIでICUに入室した患者145症例を前向きにエントリーし、ICU入室時のラボデータから死亡予測が可能か否かを検討してみた。多くの検査値の中から敗血症と腎機能の双方に関係の強い5項目を抽出し、図8に示す。これらの5項目に、年齢、性別、平均血圧を加え多変量解析を行ったところ、CRPやエンドトキシンなどいかにも上昇しそうなパラメータは意外にも生存と死亡を予測することができず、L-FABPのみが死亡予測可能因子であった。

 また各パラメータの死亡予測能をROC解析により比較したところ、驚いたことにL-FABPのAUCは0.994であり、ICUでの重症度評価指標として繁用されるAPACHEⅡ(0.927)やSOFA(0.813)より高いことが示された。ICUという時間に追われる状況において、1回測定するのみで直ちに予後を予測できるL-FABPは極めて有用なマーカーと言える。

図8 敗血症性AKI患者のICU入室時点の各種パラメータと予後との関係

敗血症性AKI患者のICU入室時ラボデータのうち、敗血症と腎機能の双方に関係の強い5項目を抽出し、生存群と非生存群に分けて比較したところ、L-FABPのみが死亡予測因子だった。

図8 敗血症性AKI患者のICU入室時点の各種パラメータと予後との関係

〔Doi k,Noiri E,et al.Crit Care Med 38(10):2037-2042,2010〕

次は...AKIによるCKD発症・進展を唯一、L-FABPにより予測可能

AKIによるCKD発症・進展を唯一、L-FABPにより予測可能

 最後に"AKIのCKD化"という話題を取り上げる。AKIのCKD化とは、正常な腎機能がAKI発症後にCKDとして遷延するものや、もとから存在していたCKDがAKIを機にステージが進むものを指す。バイオマーカーでこれを予測し得ないか、という話である。

 東大病院の混合型ICU入室患者を対象に、3年間経過を観察し得た169例について検討した(無尿や維持透析患者は除外)。CKDの進展は、3年間でeGFRがベースラインから5割未満に低下、または維持透析の導入で定義したところ30例が該当した。本検討の結果は現在投稿中だが、その一部を紹介する。

 L-FABP、NAG、NGALというバイオマーカーに加え、年 齢、APACHEⅡ、ICU滞在日数、入院期間、ベースライン 時のeGFR、血清クレアチニン変化率を変数とすると、単変量解析ではL-FABP(OR:1.71)、ベースライン時eGFR(0.99)、血清クレアチニン変化率(1.28)の3項目が有意な因子としてあがった。そして多変量解析からは、L-FABPだけがCKD進展との有意な関連因子として抽出され(OR:1.54,p<0.0317)、ROC解析によるAUCは0.70であった。このAUCの値は実臨床におけるBNPでの心不全の診断精度とほぼ同等であり、頼れる指標と考えてよい。

「尿を診る」という原点に帰り、L-FABPの有用性を確立したい

 本日は、AKIの早期発見のみでなく、造影剤腎症のリスク評価、AKIのCKD化の予測などにおける尿中L-FABPの可能性を述べてきた。尿は体の中を非侵襲的かつ簡便にみることができる最も重要で唯一の情報源であり、ヒポクラテスの時代から尿所見をとれるものが医師だと言われていた。

 心疾患の診断においてはLDH、CK、トロポニン、BNPなど有用なバイオマーカーが次々に開発されてきたが、腎機能については昔も今も血清クレアチニンであり、これにかわるバイオマーカーを求める機運がnephrologistの間で高まっている。こうした中、我々は今後も尿中L-FABPに関するさまざまな取り組みを行いつつ、尿を診ることの価値を現代で再発見したいと考えている。

第79回 日本循環器学会 年次学術集会 ランチョンセミナー51
共催セミナー特設会場1(大阪国際会議場10F 1006+1007)

演題:腎障害バイオマーカーL-FABPとAKI

座長:獨協医科大学循環器・腎臓内科教授 石光 俊彦 氏

演者:東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科/血液浄化療法部准教授
   野入 英世 氏

共催:シミックホールディングス株式会社

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