糖尿病デバイス革命

2. 予測低血糖自動注入停止型インスリンポンプ
「MiniMed 640G」

村田 敬 先生独立行政法人 国立病院機構 京都医療センター糖尿病センター
筆者について

 1993年に発表された大規模臨床研究DCCTは、強化療法により血糖コントロールの正常化を目指すことで1型糖尿病患者の合併症の発症ならびに進展を予防できるという、糖尿病学のマイルストーンとなる研究であった(文献1)。同時に、DCCTでは強化療法により重症低血糖が約3倍に増えることが指摘され、その後の20数年間は、いかにして低血糖を増やすことなく糖尿病患者の血糖コントロールを改善できるか、薬剤・医療機器・教育の面から、さまざまな努力が払われてきた。そのような低血糖予防と合併症予防の両立の難しさを突破する、まさにゲームチェンジャーとも言うべき医療機器が、米国Medtronic社が開発した予測低血糖自動注入停止型インスリンポンプであるMiniMed640Gである。

 欧州では2009年よりParadigm Veoと呼ばれる、CGMで低血糖警報が発せられても使用者が反応しない場合、最長で2時間にわたりインスリンポンプを注入停止する低血糖自動停止(low glucose suspend: LGS)機能を搭載したインスリンポンプがMedtronic社から発売されていた(文献2)。LGS機能については、過剰な高血糖を起こすことなく、1型糖尿病患者を低血糖から回復させることが可能であること(文献3)、また、LGS機能を有するインスリンポンプを在宅療養中の1型糖尿病患者に使用すると、HbA1cを悪化させることなく低血糖にある時間を短縮させること(文献4)が報告されている。

 このLGS機能の進化型として開発されたのが、予測低血糖自動注入停止(predictive low glucose suspend: PLGS )機能を搭載したMiniMed640Gである。MiniMed640Gは2015年9月の時点で欧州、オーストラリア、香港、インド、マレーシア、南アフリカ、チリで販売されている(文献5)。MiniMed640Gの外観は日本で広く使用されているMiniMed620Gとほぼ同じである。しかし実際に手にとってメニューを操作してみると、"Suspend before low"という項目がある。これをオンにすると、低血糖基準値+70mg/dl以下で、かつ、30分後にあらかじめ設定した低血糖基準値+20mg/dlをCGM値が割り込むと予測された時点で、自動的にインスリンポンプの基礎注入が停止する(文献6)。さらにこのPLGS機能が優れているのは、CGM値が低血糖基準値+20mg/dlを超え、かつ、30分以内に低血糖基準値+40mg/dl以上になると予測され、さらにインスリン注入停止してから30分以上が経過している、という条件がすべて満たされた時に、基礎注入を自動再開する点である。また、自動停止から2時間が経過した場合も基礎注入が再開される。いったん予測自動注入停止が発動されると、次の30分間は再発動しない仕様となっている。

写真1 MiniMed640Gの操作画面
最上段に"Suspend before low"の項目がある
写真2
画面を日本語表示に切り替えると、最上段に「低グルコース前一時停止」の項目がある

 PLGS機能はかならずしも低血糖を完全に予防するわけではない。基礎注入量を意図的に増やした臨床研究において、PLGS機能により低血糖の約60%が予防されたとの報告がある(文献6)。現実世界では、ボーラスの過剰注入、残存インスリンの累積、食事(とくに炭水化物)の摂取量不足、運動など、低血糖の誘因は多様であり、PLGS機能が万能であるとは考えにくい。したがってPLGS機能に過大な期待を持つことは慎むべきであろう。また、費用および生活の質の面から、インスリンポンプやCGMの装着を好まない患者も少なくない。それでもPLGS機能は、すべての1型糖尿病患者に対して、そのような治療オプションがあることを伝えなければならないような性質のものになっていくのではないだろうか。


写真3
画面を下の方へスクロールすると、「基礎注入再開アラート」の項目がある
写真4
さらに「低グルコースセットアップ」の項目を開いてみると、時間帯ごとに「低グルコース前一時停止」の設定を細かく変更できることがわかる。

 低血糖の問題は、これまで糖尿病の合併症予防において最大の障壁であったと言っても過言でなかろう。しかし、デバイスの進化によりインスリン療法を要する糖尿病患者を低血糖の重荷からある程度、解放することができれば、まったく新しい地平が開けてきそうな予感がする。これまで、インスリンポンプ、CGMといった先進糖尿病治療は、より高度で複雑な自己管理に頼ってきた側面が強い。しかし、それは本来、テクノロジーの進歩が目指す正しい方向ではない。やはりテクノロジーの進歩は、患者負担を減らす方向で発展すべきである。今後、CGMによるインスリン投与量の自動制御が普及することで、治療成績の向上と生活の質の改善が両立すれば、それこそ真のブレークスルーと呼べるであろう。

(写真はすべて2017年2月にパリで開催された第10回ATTDにて筆者が撮影)

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参考文献

1)
Diabetes Control and Complications Trial Research Group. The effect of intensive treatment of diabetes on the development and progression of long-term complications in insulin-dependent diabetes mellitus. N Engl J Med. 1993;329:977-86. PubMed N Engl J Med
2)
Medtronic. INNOVATION MILESTONES.
3)
Garg S, Brazg RL, Bailey TS, Buckingham BA, Slover RH, Klonoff DC, Shin J, Welsh JB, Kaufman FR. Reduction in duration of hypoglycemia by automatic suspension of insulin delivery: the in-clinic ASPIRE study. Diabetes Technol Ther. 2012;14(3):205-9. PubMed Diabetes Technol Ther.
4)
Bergenstal RM, Klonoff DC, Garg SK, Bode BW, Meredith M, Slover RH, Ahmann AJ, Welsh JB, Lee SW, Kaufman FR; ASPIRE In-Home Study Group. Threshold-based insulin-pump interruption for reduction of hypoglycemia. N Engl J Med. 2013;369(3):224-32 PubMed N Engl J Med.
5)
Choudhary P, Olsen BS, Conget I, Welsh JB, Vorrink L, Shin JJ. Hypoglycemia Prevention and User Acceptance of an Insulin Pump System with Predictive Low Glucose Management. Diabetes Technol Ther. 2016;18:288-91. PubMed Diabetes Technol Ther.
6)
Buckingham BA, Bailey TS, Christiansen M, Garg S, Weinzimer S, Bode B, Anderson SM, Brazg R, Ly TT, Kaufman FR. Evaluation of a Predictive Low-Glucose Management System In-Clinic. Diabetes Technol Ther. 2017;19:288-292. PubMed Diabetes Technol Ther.
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