糖尿病合併症 最前線

糖尿病網膜症・黄斑症に関する最近の話題
これからの眼科 内科 診療連携

山下英俊  先生(山形大学医学部眼科学教室主任教授)

山下英俊  先生

初出:『糖尿病合併症 最前線 SEASONAL POST』 Vol. 6 No. 3(2014年9月発行)

内科・眼科の治療の進歩により失明頻度が低下した一方で、眼科医療へのデマンドは高まっている

──初めに糖尿病網膜症の現状を概説してください。

 わが国を含め35カ国の疫学データをメタ解析した推計値が2012年のDiabetes Care 誌に掲載されました。それによると、世界の糖尿病患者の約3分の1に何らかの網膜症があり、さらにその約3分の1は何らかの視覚障害を起こしているということです。この頻度は国や地域によって若干の違いがあるものの、それほど大きな差ではなく、わが国の現状も大体このようなものだろうと推測されています。国内の糖尿病患者数は約950万人ですから網膜症患者数は約300万人で、約100万人は視力に影響が現れている可能性があるということです。
 視力低下の原因として、かつては増殖網膜症に進行した後に発生する牽引性網膜剝離や硝子体出血が主体でその治療手段も限られていたため、しばしば失明に至っていました。しかし治療の進歩によって今では失明を免れるケースが増えています。

──糖尿病による失明が減っていることを示すデー タはありますか?

 身体障害者手帳の交付状況を基に視覚障害の原因をまとめた報告があります。2013年の報告では糖尿病網膜症は視覚障害原因の15.6%で、前回(2006年)の19.0%より数字の上では減少しています(図1A)。
 視力障害が少なくとも増加しなかったのは、内科と眼科、双方の努力が寄与しているのでしょう。薬剤の進歩もあり内科の先生方には血糖を適切にコントロールいただけていますし、血圧や脂質などのリスクファクターも含めたトータル管理もしていただけるようになりました。
 眼科治療について言えば、現在、たとえ網膜症が進行したとしても、内科との連携のもと適切なタイミングでレーザー光凝固を施行できた場合、失明に至る頻度はごくわずか、1%程度に抑えられているのではないかとの感触を得ています。

──糖尿病網膜症は制圧されつつあるのですね。

 失明を診療のエンドポイントとするのではなく、治療により失明は回避できたものの日常生活には十分な視機能回復が得られないケースや黄斑症による視力低下への対応が必要です。我々が最近の実地診療で求められるエンドポイントは、「0.5の視力がほしい。そうすれば本が読める」とか、さらに「0.7あれば運転ができるのだが」といったよりハイレベル なものになってきました。失明が減った分、今後はこのような患者さんのデマンドが高くなる状況にどう対処していくかが大きな課題と言えます。
 また、頻度は減っているものの実際に失明してしまう患者さんがまだ相当数いることも事実です。その多くは50代、60代の壮年者層で、緑内障や黄斑変性など他の疾患による失明に比べて若く、組織や家庭の中心となり活躍している世代です(図1B)。そういう方が突然光を失うという事態はご本人・ご家族にとって衝撃が大きく、社会経済的な損失も無視できません。糖尿病による失明を減らすさらなる努力と、網膜症・黄斑症の発症・進展を抑止し得る治療戦略が求められます。

視覚障害の'実数'を減らすには疫学・臨床のエビデンスに基づいた広範なアプローチが必要

──より確実な失明予防と、黄斑症等による視力低下を抑える治療戦略とは、どのようなことでしょうか?

 糖尿病による視覚障害が顕著に減らない理由の一つは、糖尿病そのものが増加していること、そして糖尿病発症年齢の若年化と内科治療の進歩により生命予後が改善して罹病期間が長期化していることです。つまり合併症を来す母集団が急増しているのです。このような状況では、視覚障害の危険が迫っている患者さんへ医療介入するのみでは効果が自ずと限られます。母集団全体への広くて浅い介入を同時進行で進めなければいけません。

──具体的にどういった方策が考えられますか?

 糖尿病患者数を抑制するには国民のライフスタイルを変えるなどが考えられますが、即効性を期待するのは難しいかもしれません。それに対し、糖尿病患者の合併症リスクを全体的に下げる方策として、疫学研究から可能性が示されたものがあります。
 例えば我々は、日本人2型糖尿病患者を対象に行われているJDCSのデータから網膜症の進展リスクを解析し報告しました。その際、血糖やBMIが網膜症のリスクであることが確認されただけでなく、意外なことに果物の摂取量が多いことが独立した進展阻害因子として抽出されました。果物摂取量を四分位に群分けすると、摂取量が最大の群の網膜症発症率は最低の群より40~50%低かったのです。最大群の1 日あたり果物摂取量は約200gとバナナなら2本、リンゴなら1個程度。決して継続できない量ではありません。効果をもたらす機序の詳細はまだ不明ですが、「食事療法の範囲内で果物の割合を少し増やす」という安全で簡便な生活習慣への介入が網膜症リスクを大幅に下げる可能性をもつのですから、注目すべき結果ではないでしょうか。

JDCS:japan diabetes complications study

──果物が網膜症リスクを半減させるとは驚きですね。そのような生活介入に上乗せすべき、より積極的な医学的介入法はありますか?

 多数の糖尿病患者さんに対する予防的介入となると、有効性と同時に高い安全性が求められます。その意味では既に臨床応用され安全性が確立している薬剤の中から有効なもの を探索するという方法が効率的です。これに該当する薬剤として脂質異常症治療薬のフェノフィブラートやRAS系降圧薬があります。
 フェノフィブラートは最近、オーストラリアにて「糖尿病網膜症の進展抑制」の適応が承認され話題となっています。同薬はPPAR αのアゴニストとして多彩な作用があり、抗炎症や抗酸化など血清脂質改善とは別の経路で網膜症を抑制すると考えられています。FIELD試験にてレーザー光凝固の必要性が3割以上減ったり(図2B)、ACCORDEye試験で示された網膜症進展リスクが4割減るという効果は患者さんのQOLや医療経済に大きく寄与すると思います。RAS系降圧薬においても網膜症の発症・進展を抑制するデータが示されており、糖尿病に伴う脂質異常・高血圧にはこれらの薬剤を積極的に選択していただくなどの方法で、国内の臨床にも是非、定着してほしいと期待しています。

──その他のトピックスを教えてください。

 レーザー光凝固を自動で施行できるパターンスキャンレーザーの普及が著しいです。従来は1眼につき1 回500発× 4回、計2000発を4週間かけて施行するのが標準的な方法だったのですが、これを2回で済ませられるようになりました。効果は従来と同じですし、副作用として黄斑浮腫が起きる頻度はやや少なくなった印象があります。なにより施行中の痛みがほとんどなく、患者さんの負担が軽いことは大きなメリットです。
 また硝子体手術については、器具と手技の進歩によって安全性が大きく向上しています。名人芸的な手技が必要とされていたころの硝子体手術は、視力が低下した段階で施行していました。しかし安全性の向上によって積極的に施行できるようになったことで、慎重に適応を選びつつ、より早期に行うことで術後視力も向上しています。例として我々の教室の成績の推移を示します(図3)。
 治療薬に目を向けると、眼局所へのステロイド薬や抗VEGF 薬が黄斑症、特に黄斑症浮腫の治療を大きく進歩させています。
 このほかにも網膜症の治療とは直接関係することではありませんが、網膜症と全身合併症との関係について近年、興味深い研究が進んでいます。

RAS : renin-angiotensin system
FIELD : fenofibrate intervention & event lowering in diabetes
ACCORD : action to control cardiovascular risk in diabetes
PPAR : peroxisome proliferator activated receptor

眼底所見から全身合併症の予測が可能。 内科との診療連携を推し進め、 埋もれている情報を共有し活用したい

──網膜症と全身合併症との関係と言いますと?

 例えば前述のJDCSデータの解析では、網膜にわずかな点状出血があるだけで脳卒中リスクが2倍弱に高くなり、虚血による軟性白斑がある場合にはそのリスクがさらに高く2倍強になることがわかりました(図4)。またJDCSからは、網膜症の存在が腎機能低下と関連し、腎予後の予測に有用であることも報告されています。
 つまり、全身の臓器合併症のリスクを、実際に機能障害が現れてしまう前の段階で、眼科医が指摘できる可能性があるということです。眼底検査は侵襲が少なく繰り返し施行できるという強みもあります。これまでは点状出血や軟性白斑が出現したといってもその重篤性が内科の先生に理解されにくいため臨床的意義が不明だったのですが、これからは眼底所見を他の検査パラメータに加えることでリスク評価のオッズ比をより高めようとする取り組みも始まっています。
 そのほか、黄斑浮腫による視力低下と腎機能のダイレクトな関係も、臨床でしばしば経験します。眼科であらゆる治療を施したのに視力が改善しない患者さんが、透析導入とともに劇的に見えるようになることも稀でありません。貧血の進行・治療も視力の悪化・改善と密接に関係しています。
 今まで眼科医は内科医から患者さんの情報をいただき活用することが多かったのですが、今後は眼科で得た情報を内科にお渡しし、全身合併症の抑止や管理に役立てていただけるように臨床研究を推進したいと考えています。

──反対に、内科から眼科へ「もっとしっかり伝えてほしい」という情報はありますか?

 冠動脈等へ薬剤溶出ステント留置後の抗血小板薬2剤併用中、眼底出血が起きてしまうケースが少数ながらあります。出血自体は時間とともに吸収されますし硝子体手術での治療も可能ですが、患者さんは「突然見えなくなった」と大慌てされます。ですから、増殖網膜症のある患者さんに薬剤溶出ステントを使用する場合、眼科的リスクと対処法を内科の先生と十分に相談しつつ、わかりやすく患者さんへ伝えていく必要があると考えます。

──眼科 内科の新しい診療連携が必要ですね。

 連携の重要性は古くからから認識されていて、例えば約20年前には両科の先生方の尽力により、日本糖尿病眼学会が設立されています。今後、私たちは合併症のより確実な抑止に向けて、その連携をさらに強化できればと考えています。

※第20回日本糖尿病眼学会総会が、2015年3月6~8日に東京で開催されます。

山下英俊 先生 プロフィール

1981年 東京大学医学部卒業、同大眼科学教室医員。同教室助手・講師、自衛隊中央病 院勤務などを経て、1992~94年 スウェーデンウプサラ大学留学。帰国、復職した後、1999年から現職。2010年からは山形大学医学部長を兼任。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク
提供:科研製薬株式会社

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