糖尿病合併症 最前線

糖尿病腎症への新しいアプローチ

古家大祐 先生(金沢医科大学 糖尿病内分泌・内科学教授)

古家大祐 先生

初出:『糖尿病合併症 最前線 SEASONAL POST』 Vol. 4 No. 2(2012年6月発行)

CKDとしての糖尿病腎症微量アルブミン尿への介入の意義


 日本透析医学会の統計によると、ここ数年、糖尿病腎症からの新規透析導入の増加にようやく歯止めがかかり、減少の兆しがみられる。糖尿病治療の進歩の成果と言ってよいだろう。しかし、透析回避だけを指針に糖尿病腎症の治療にあたっているとしたら、透析にはまだ時間があるはずの患者さんがいつの間にか循環器科や脳外科に入院しているという事態が多発しかねない。糖尿病腎症は腎疾患であるとともに、心血管疾患の重要な危険因子であること、いわゆる「心腎連関」を念頭におく必要がある。
 心腎連関は、心・腎の機能低下が相互に影響しあい両者のイベントリスクを高める現象を表現したもので、当初はやや概念的な用語だったが、CKD研究の深まりとともにその病態が明確になってきた。CKDの代表的疾患である糖尿病腎症においても、以前から腎機能低下の早期マーカーとして使われてきた微量アルブミン尿に、心血管イベント予測マーカーとしての新たな意義が加えられた。
 例えば、2型糖尿病患者の血糖・血圧の管理強化による合併症抑制効果を検証したADVANCEの再解析で、尿中アルブミンが正常域であればeGFRが60mL/分/1.73m2 未満でない限り心腎イベントリスクは上昇しないが、アルブミン尿レベルの進行に伴い、eGFRが60mL/分/1.73m2 以上であってもイベントリスクが上昇することが示された。軽度脂質異常症併発2型糖尿病患者を対象にフェノフィブラートによる介入効果を検証したFIELDスタディの再解析においても同様の結果が得られている(図1)。
 また筆者らが行った微量アルブミン尿を呈する2型糖尿病患者に対する観察研究において、アルブミン尿レベルが進展しなかった群の心血管イベントは、アルブミン尿レベルが進展した群よりは少ないものの、正常域に改善した群に比べれば有意に多く、微量アルブミン尿であっても既にリスクとなっていることがわかった(図2)。この研究では、血糖、血圧、脂質(TC、TG、HDL-C)という管理指標のガイドライン推奨値達成項目数が多いほど、アルブミン尿寛解率が相乗的に高くなるという結果が得られ、微量アルブミン尿期からの積極的な多面的介入の重要性も示された。
 このように、アルブミン尿が腎機能低下とは独立した心血管イベント危険因子であることが明らかになったことを反映し、日本腎臓学会がまもなく策定する改訂版CKDガイドラインでは、アルブミン尿(蛋白尿)レベルとGFRレベルの双方からの病期・重症度分類が提示される予定だ。

病態に基づき、血圧(RA系)や脂質からのアプローチも着実に

 前述した我々の研究も含め、近年、尿中アルブミンが正常と判定される10~30mg/gCr 程度の"超微量アルブミン尿"であってもイベントリスクが上昇するとの報告が蓄積され、より鋭敏なマーカーの必要性が生じている。このことに対しては現在、尿中Ⅳ型コラーゲンやL-FABPなどの有用性が検討されている。また検査関連のその他のトピックスとして、年齢や筋肉量の影響を受けにくい血清シスタチンCの標準化が挙げられる。血清クレアチニン値 からの腎機能評価の誤差が大きくなりやすい高齢者などにおいては、補完指標として血清シスタチンCの活用が期待できる。

血圧、とくにRA系への介入

 糖尿病腎症を早期診断した後の介入手段についても近年、新たな知見が重ねられつつある。血糖管理については述べるまでもなくエビデンスが確立されているが、血圧への介入、とくにRA系抑制による血圧管理の重要性は、血糖管理の重要性と同等に位置付けられている。
 かつてACE阻害薬やARBは、投与開始後に血清クレアチニン値がやや上昇することがあるため極めて慎重に用いられていた。しかし、クレアチニンの上昇は糸球体内圧の低下によるもので腎保護作用そのものであると理解され、腎機能低下例ほど積極的に用いられるようになった。
 またRA系は血圧を規定するだけでなく、組織RA系の亢進により臓器障害に直接関与する可能性があるため、ACE阻害薬、ARB、レニン阻害薬等を併用し腎保護の上乗せ効果を得ようとする試みが現在行われている。ところがこれに関しては今までのところ期待に応える結果が得られておらず、とくにレニン阻害薬併用は副作用の頻度が増えることが明らかになった。RA系をさらに強力に抑制する意義については再検証が必要な局面を迎えている。

脂質への介入

 脂質への介入については、前述のFIELDスタディでフェノフィブラートによる糖尿病腎症の有意な進展抑制・改善効果が示されている(図3)。大血管症抑制のための脂質管理におけるLDL-C低下に限ればフィブラートよりスタチンが優れているが、細小血管症である糖尿病腎症に対するスタチンの有効性を示した大規模スタディはまだない。フェノフィブラートはPPAR αのアゴニストであり、PPAR αは腎にも発現していることから腎への直接作用が想定され、スタチンとは異なり脂質低下から独立した経路で腎保護作用を発揮している可能性がある。
 なお、フィブラート製剤も投与開始後に血清クレアチニン値がやや上昇する傾向があることが知られている。しかしFIELDの追跡調査では、フェノフィブラート群でみられた試験期間中のクレアチニン値は本試験終了後に低下したことが判明した(図4)。eGFRのベースライン時からの変化でみても、プラセボ群では有意に低下していたのに対しフェノフィブラート群では有意差がなく、平均5年という実薬投与期間を通じて腎機能がほぼ保たれていたことがわかった。同薬投与による血清クレアチニン値の上昇は、腎毒性というよりむしろ腎保護作用の表れと考えられる。ACCORD-Lipidの再解析でも、フェノフィブラート+シンバスタチン併用群の半数弱が、試験開始4カ月以内にクレアチニン値が20%以上上昇したものの、最終的な腎機能はシンバスタチン単独群と変わらなかったと報告されている

※ Bonds DE, et al. : Diabetologia 55(6): 1641-1650, 2012
  Mychaleckyj JC, et al. : Diabetes Care 35(5): 1008-1014, 2012

新規治療への期待

 血糖、血圧、脂質という血管障害の古典的危険因子とは別の病因として、これまでポリオール代謝経路やヘキソサミン経路の活性化、PKCの亢進、AGEの蓄積、腎虚血などが研究されてきている。いずれも未だ糖尿病腎症に対する治療として確立されるには至っていないが、最近、酸化ストレス・局所炎症へのアプローチについて、臨床応用への期待が高まっている。海外で開発中の新規抗酸化薬の第Ⅱ相臨床試験では、腎症のある2型糖尿病患者の腎機能を有意に改善し重篤な有害事象もなかったという。
 ただ、このような新薬を国内で使用できるようになるのはまだ数年先のことであろう。まずは、血糖、血圧、脂質という、古典的ではあるが既にエビデンスのある危険因子へ、早期から着実に介入していくことが、目の前の患者の心腎イベントを防ぐ、現時点での最良のアプローチであろう。

古家大祐 先生 プロフィール

金沢医科大学 糖尿病内分泌・内科学教授。 1984年 滋賀医科大学卒業、同大附属病院第3内科研修医、1992年 同助手。1994年ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センター研究員。帰国後の1997年に滋賀医科大学に復職し、2004年 同大附属病院内科講師。 2005年から現職。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク
提供:科研製薬株式会社

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