糖尿病合併症 最前線

JDCSにみる糖尿病の合併症

曽根博仁 先生(筑波大学大学院 疾患制御医学専攻 水戸地域医療教育センター 代謝内分泌内科 教授)

曽根博仁 先生

初出:『糖尿病合併症 最前線 SEASONAL POST』 Vol. 2 No. 1(2010年5月発行)

欧米人以外の糖尿病の実態を初めて明らかにしたJDCS

 国や地域の疾病構造は人種や社会環境によって大きく異なり、また疾患名が同一でも病態が同じとは言えない。2型糖尿病も例外ではなく、例えば日本人患者の平均BMIは一般住民とほぼ同等であり、欧米人患者のような高度肥満患者は少ない。好発する合併症やその危険因子も同様に、欧米人と日本人とで差異が存在することから、人種差に配慮した治療戦略が求められる。このように、欧米人以外の糖尿病の臨床像が明らかになり、人種差に配慮した治療法研究の機運が高まった背景には、「The Japan Diabetes Complications Study(JDCS)」の報告の影響も大きい。
 JDCSは1996年にスタートし、現在も進行中の日本人2型糖尿病患者を対象とする大規模臨床研究だ。糖尿病専門医療機関(主に大学病院)59施設に通院中の2,000名強の患者(平均年齢59歳、平均罹病期間11年)を2群に分け、一方を生活習慣改善指導を積極的に行う「介入群」とし、対照はそれまでの外来治療を継続する「非介入群」としている。

糖尿病発症後でも生活習慣介入で、脳卒中が有意に抑制される

 これまでにJDCSからは日本人糖尿病患者に関する数々の報告がなされてきた。網膜症や腎症の発症・進展とHbA1Cは、DCCTやUKPDSの報告と同様に非常によく相関することも明らかにされている。
 一方、生活習慣介入による糖尿病発症抑制効果は多数の報告があるものの、糖尿病発症後の合併症発症を生活習慣介入で抑制し得たとの報告は、国内外問わずほとんどない。事実、JDCSにおいても生活習慣介入によって得られたHbA1C改善効果は、開始1年目から5年目の間のみにみられ、その差は0.2%とわずかであり、合併症の発症率もこれまで差がなかった。もっともJDCSでは、介入群・非介入群ともに糖尿病専門医のもと、ガイドライン推奨値を目標に治療されているため、その臨床像に差が生じにくいという背景が以前より指摘されていた。
 ところがごく最近のJDCS 8年次中間報告では、脳卒中の発症率に両群間の有意差が認められた。非介入群の脳卒中発症件数が1,000人・年あたり9.52件であったのに対し、介入群では5.48件と約40%有意に少なかったのである(図1)。この結果は糖尿病発症後の生活習慣改善による合併症抑制効果を示した初の報告として注目される。
 なお、多変量解析により脳卒中発症に関与する因子として、収縮期血圧とLp(a)が検出された。しかし介入群と非介入群の比較では収縮期血圧、Lp(a)ともに有意差はなく、8年経過した時点で唯一、有意な群間差がみられたのは血清トリグリセライド(TG)値のみであった。

日本人でも糖尿病では冠疾患が多く、高TGが重大なリスク

 「糖尿病患者では、日本人でも脳卒中より冠動脈疾患の発症率のほうが高い」こともJDCSにより明らかになった知見だ。JDCSの9年次報告によると、1000人・年あたりの冠動脈疾患発症件数は9.6で、脳卒中の7.6より高い。久山町研究でも明らかなように、日本人の一般住民では未だ脳卒中発症の方が冠動脈疾患より多いが、糖尿病患者に限ってはそれが逆転しており、UKPDSなどでみられる欧米人ほどではないものの、それに近付きつつあることがわかる(表1)。
 冠動脈疾患は糖尿病に特異的な合併症ではないが、初回の血管イベントが生命予後にも直結することも稀でないことから、その抑止は糖尿病治療上の重要な課題である。JDCSから冠動脈疾患の危険因子を検討したところ、密接な関係があった因子としてLDL-Cや年齢とともにTGが、HbA1CやC-ペプチド、男性、喫煙より上位にあがった(表2)。このことから、LDL-Cが高ければそれを下げるべきであるのは論をまたないものの、高TG血症も決して看過すべきではないことがわかる。
 糖尿病に多く伴う脂質異常症は高TG血症と低HDL-C血症である。現行の各種ガイドラインではスタチンが第一選択薬として推奨されることが多いが、大血管障害の抑制には、病態に則してフィブラート等の使用を優先すべきケースも少なくないのではないかと考える。
 フェノフィブラートを用いて糖尿病合併症抑制効果を検証した大規模臨床試験「FIELD」では、フェノフィブラートによる心血管イベント発症率の有意な低下とともに、網膜症や腎症の有意な抑制も報告されている。これは、TGコントロールが大血管障害のみならず、糖尿病特有の細小血管障害の抑制にも欠かせないことを示唆するものと言える。

より早期からのより厳格な血糖・TG管理の必要性

 ところで、糖尿病合併症のうち、細小血管障害に基づく網膜症や腎症、神経障害は糖尿病発症後に(血糖値が診断基準を満たす状態で)発症・進行するが、大血管障害に基づく冠動脈疾患や脳卒中などは、糖尿病の発症前から(食後高血糖を呈すのみの軽度の耐糖能異常の段階でも)進行することが、舟形町研究などから知られている。
 JDCSの対象患者を登録時のHbA1Cで4つに層別化し、6年後の変化を比較したところ、登録時HbA1Cが7.5%未満と比較的良好であった分位ではHbA1Cが悪化しており、登録時HbA1Cが7.5%以上の比較的不良であった分位では改善していた。また、登録時の年齢で層別化すると、最も若い分位でHbA1Cの悪化がみられた。
 この事実と前述の「大血管障害は糖代謝異常が軽度の段階から進行する」という点とを勘案すると、発症早期からの厳格な血糖と脂質のコントロールがより強調される必要があると言えよう。そして、「早期からの合併症予防」をさらに確実なものとするには、メタボリックシンドローム(Met-S)への介入が視野に入ってくる。
 Met-Sは本来、糖尿病や高血圧、脂質異常症の診断基準には該当しない者の中に隠れている心血管疾患ハイリスク患者を割り出すために定義されたものだが、糖尿病発症後であれば無関係というものでもない。例えば、遺伝的に日本人に近いとされる米国原住民を対象とした調査では、糖尿病であってもMet-Sの構成因子を保有していなければ心血管疾患発症リスクは必ずしも上昇しないという報告がみられている。
 そこでJDCSのデータから、効率よく心血管疾患ハイリスク患者を拾い上げ得る臨床検査のカットオフ値を検討した。Met-Sはマスチプルリスクファクターであるため診断基準は複雑にならざるを得ず、さまざまな臨床研究を基に腹囲や血糖、血圧、血清脂質のカットオフ値が提案されているが、JDCSで心血管疾患発症と相関したのは「TGが150mg/dL以上」のみであった。
 中国人糖尿病患者を対象とした香港での調査研究でも、高TG血症が心血管疾患の独立した危険因子であると報告されている。生活環境の欧米化とともに日本人全体の疾病構造が欧米のそれに近付きつつあるものの、未だコレステロールの影響は欧米人よりも少ないと言え、それだけに糖尿病とそれに伴う高TG血症が極めて重要と考えられる。

曽根博仁 先生 プロフィール

筑波大学大学院 疾患制御医学専攻 水戸地域医療教育センター 代謝内分泌内科 教授。筑波大学医学専門学群卒業後、米国ミシガン大学医学部代謝内分泌内科研究員、筑波大学院臨床医学系内分泌代謝・糖尿病内科講師、お茶の水女子大学大学院生活習慣病医科学准教授などを経て、2009年から現職。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

監修・企画協力:糖尿病治療研究会
企画・編集・発行:糖尿病ネットワーク
提供:科研製薬株式会社

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